火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 燦の后の座を巡り、早速、主家同士の攻防が始まった。烽火と久靄はどちらも譲らない。燦は呆れた顔をして、碧李輝比佐に視線を向けた。

「碧李家はどうだ?」
「……はい、燦王。恐れながら――」

 輝比佐がようやく口を開く。その声を聞いた父の肩が、久遠の目の前でぴくりと動いたのが見えた。

「綺羅の五主家のうち、日紫喜家を除けば、我が碧李家が最も強き才を持ちます。前の王が早世され、天が不安定となった今だからこそ、碧李家から后を……と思いましたが、烽火と久靄の姫様も、なかなかの器量をお持ちのご様子。我が家の姫がそれに敵うかどうか。まあ、最後は燦王がお決めになることでございますが」
「なるほど。碧李家にも姫がおるか。俺は后を選び放題というわけだ。迷うな」

 燦はわざとらしく困った顔をした。
 后選びなど不要だと、つい先ほど口にしたばかりではないか。燦の思惑が分からない。五主家の間に、妙な沈黙が流れる。

「……ああ、そうそう。俺の后を決めるその前に、皆に伝えておくべきことがある」

 燦の目が、暗闇で獲物に狙いを定めた狼の目のように、ぎろりと光る。

「伝えておくべきこと……燦王、なんでございましょうか」
「前の王の后である、花緒のことだ」

 燦の口から花緒の名が飛び出すと、それまで黙っていた和暮家の当主も身を乗り出した。この場にいる全員が、燦の言葉を待ち構えている。

「実はこのたび、花緒が懐妊していることが分かった。兄上は子の顔を見ないままとなり、さぞや無念であろうな」

 燦が眉根を寄せて項垂れる。突如、朝堂内の空気が変わった。
 先ほどまで燦の后の座を争っていた烽火と久靄の当主の顔から、みるみる血の気が引いていく。表情が変わらないのは、碧李家の輝比佐のみだった。

(どういうことだ?)

 久遠が状況を読めずにキョロキョロしていると、ふと燦と視線が重なった。燦は久遠の顔を見て、片方の口元をニヤリと上げる。

「燦王。花緒殿がご懐妊……と仰いましたな」
「烽火殿。そんなに困った顔をして、一体どうした? 日紫喜家のめでたい話を祝ってくれないのか?」
「滅相もございませぬ! 花緒殿、和暮の当主殿、このたびはご懐妊おめでとうございます」
「烽火殿、ありがとうございます」

 花緒が小さく頭を下げる。その間に、烽火と久靄は冷や汗を拭った。