火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 声の主を振り向き、しゃがんだまま目線を上げる。
 すぐ後ろにいた男から、鋭い視線で見下ろされた。
 どこかで見た顔だ。

「あれっ、まさかあの時の……?」
「あの時? ……ああ、嵐の日に花緒を助けたお前か。なぜ日紫喜(ひしき)の屋敷にいる?」
「それは、実はですね……」

 久遠はその場で立ち上がる。しかし、しばらくしゃがんでいたせいで両足がひどく痺れている。真っすぐ立つことができず、よろめいて背中から池に落ちそうになったところを、目の前の男に腕を引かれて支えられた。

 男の顔が目の前に迫る。
 間近で見て、やはり嵐の翌朝に会った男に間違いないと確信した。

 彼はきっと、花緒の夫なのであろう。確か(さん)とかいう名だったはずだ。

「助けてくれてありがとうございます。実は、道に迷ってしまいまして。決して怪しい者ではないのでご容赦ください」
「別にお前を疑っているわけじゃない。今日は客人が多いからな。お前も、どこかの主家の者だったのか?」
「いえ、僕は十六夜家の者です。五主家に覡として仕える家の、ただの小間使いで」

 由緒正しき覡の一族とはいえ、久遠は妾の子。その上、夢見の才もまだまだ未熟である。下手なことを言って、この男に夢見を頼まれたりするのも困る。

(ん? この人も日紫喜家にいる……ということは、五主家の方だったのかな?)

 久遠が目を見開いて見つめると、男は口の端を上げてニヤリと笑った。

「俺か? 俺は日紫喜(ひしき)(さん)だ。先日は花緒が世話になった」
「日紫喜……燦……?」

 まさか、陽主・日紫喜家の男だったのか。
 前王は日紫喜耀(よう)という名だった。どことなく名が似ている。嫌な予感がした。

「もしかして、燦様は……新王となられる、あの燦様で?」
「よく知っているな」

 なんてことだ! と叫びそうになり、久遠は咄嗟に両手で自分の口を押さえた。ああ、泡を吹いて倒れてしまいたい。