火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「一葉! 早く屋敷の中に入って!」
「桔梗姫様! でもそこは姫様のお部屋ですから」
「いいのよ。あなたの部屋まで戻っていたら、ますます濡れるから。さあ!」

 桔梗姫の手招きに応じて、一葉は縁側から姫の部屋に上がる。都の方角から広がる黒い雲は、あっという間に久靄領の空を覆った。
 一葉が雷鳴に耳をふさぐと、桔梗姫が急いで雨戸を閉める。

「一葉、無事でよかったわ。あなたは嵐が苦手だと聞いていたから、心配したの」
「ご心配をおかけしました。すぐに嵐雲に気付いたので、なんとか戻って来られました」
「早く嵐が去ってくれたらいいわね。こればかりは待つしかないけれど」
「はい……」

 桔梗姫から借りた手巾で濡れた髪を拭いていると、再び雷鳴が轟いた。雨音も徐々に激しさを増している。

 なんだろう、先ほどから嫌な予感が収まらない。

 都の方角で雷が鳴るのは凶兆だ。
 ここ数か月、一度も起こらなかった嵐が突然起こったのはなぜだろうか。都で、燦に何かあったのではないかと心配でならない。

(花緒様と初めて出会った日の嵐は、前の王が病に倒れたことが原因だった。燦様の身にも、何かあったのかな)

 胸がばくばくと鳴り、なんだか息苦しい。
 隣では、桔梗姫がいつもと変わらない様子で筆をとり、文を書き始める。しばらくして何かを思い出したようにふっと顔を上げると、一葉を振り向いた。

「ねえ、一葉は今日、私の文を届けてくれたわよね? 従者の方とは会えた?」
「はい。先方の従者の石川様という方に、確かに文をお渡ししました」
「で? その石川という者から何か言われなかった?」
「何か……ですか?」
「もったいぶらないで! 大切な話があると言うから、わざわざ二人きりになれるように貴方に遣いを頼んだのよ」
「…………」

 裏で示し合わせていたのか、と合点がいった。