燦は、一葉の行き先を知らない。
燦が自分のことを探してくれるかもしれないと期待するのはおこがましい。燦は一葉の、いや久遠のことを「好きだ」と言ってくれたが、時が経てば人の心は変わる。
(それに、お母様の言葉も燦様にとっては重い。蘇芳姫を殺めた十六夜の姫を、守ってほしいなんて……)
燦にそんな荷を背負わせるわけにはいかない。
一葉が今やるべきことは、十六夜家の一員として悔い改め、天に赦しを乞うことだけだ。
どうしたら天の赦しを得られるのかは、よく分からない。
ただ、自分が幸せになることだけはあってはならない――毎日のように、そう言い聞かせながら過ごしている。
「一葉さん?」
「え? あっ、申し訳ありません! 桜があまりに綺麗だったので、ぼんやりしてしまいました」
「いえ、大丈夫です。そういうところも、可愛らしい……です」
「はあ」
長く男装して生きてきた一葉にとって、「可愛い」などという言葉は縁遠い。顔を真っ赤にして一葉を褒める石川を、冷めた目で見てしまう自分が嫌になる。彼は恐らく一葉に対して、好意を寄せてくれているのだろう。
だが、一葉はその気持ちには応えられない。
石川は桔梗姫の文を懐に入れると、姿勢を正し、意を決したように真面目な顔で跪いた。
「一葉さん! 私と一緒になってもらえませんでしょうか!」
「……え」
「返事は今でなくても構いません。ゆっくり考えてください」
「でも私は……」
「一葉さんを大切にします。私の取り柄は、真面目なところくらいですが……その代わり、一葉さんを裏切るようなことは絶対にしません」
「石川様」
「桔梗姫と我が主の婚礼も、直に決まりましょう。その後のお返事でも構いませんから、せめて一度、考えてみてくれませんか」
「……」
一葉が黙り込んでいると、石川は一歩下がって、深く頭を下げた。
一葉のような、年下の使用人風情に頭を下げるなんて、と申し訳ない気持ちになる。
(石川様と夫婦に……か。だからわざわざ名前まで教えてくれたんだ)
主の元に戻っていく石川の背中を見送りながら、一葉はもう一度空を見上げる。
つい先ほどまで、桜が春霞の空によく映えていたというのに、いつの間にか太陽が雲に隠れて暗くなっている。
嫌な予感がして振り向くと、遠くの空を嵐雲が包み始めていた。
「嵐……? 嘘でしょう?」
燦が自分のことを探してくれるかもしれないと期待するのはおこがましい。燦は一葉の、いや久遠のことを「好きだ」と言ってくれたが、時が経てば人の心は変わる。
(それに、お母様の言葉も燦様にとっては重い。蘇芳姫を殺めた十六夜の姫を、守ってほしいなんて……)
燦にそんな荷を背負わせるわけにはいかない。
一葉が今やるべきことは、十六夜家の一員として悔い改め、天に赦しを乞うことだけだ。
どうしたら天の赦しを得られるのかは、よく分からない。
ただ、自分が幸せになることだけはあってはならない――毎日のように、そう言い聞かせながら過ごしている。
「一葉さん?」
「え? あっ、申し訳ありません! 桜があまりに綺麗だったので、ぼんやりしてしまいました」
「いえ、大丈夫です。そういうところも、可愛らしい……です」
「はあ」
長く男装して生きてきた一葉にとって、「可愛い」などという言葉は縁遠い。顔を真っ赤にして一葉を褒める石川を、冷めた目で見てしまう自分が嫌になる。彼は恐らく一葉に対して、好意を寄せてくれているのだろう。
だが、一葉はその気持ちには応えられない。
石川は桔梗姫の文を懐に入れると、姿勢を正し、意を決したように真面目な顔で跪いた。
「一葉さん! 私と一緒になってもらえませんでしょうか!」
「……え」
「返事は今でなくても構いません。ゆっくり考えてください」
「でも私は……」
「一葉さんを大切にします。私の取り柄は、真面目なところくらいですが……その代わり、一葉さんを裏切るようなことは絶対にしません」
「石川様」
「桔梗姫と我が主の婚礼も、直に決まりましょう。その後のお返事でも構いませんから、せめて一度、考えてみてくれませんか」
「……」
一葉が黙り込んでいると、石川は一歩下がって、深く頭を下げた。
一葉のような、年下の使用人風情に頭を下げるなんて、と申し訳ない気持ちになる。
(石川様と夫婦に……か。だからわざわざ名前まで教えてくれたんだ)
主の元に戻っていく石川の背中を見送りながら、一葉はもう一度空を見上げる。
つい先ほどまで、桜が春霞の空によく映えていたというのに、いつの間にか太陽が雲に隠れて暗くなっている。
嫌な予感がして振り向くと、遠くの空を嵐雲が包み始めていた。
「嵐……? 嘘でしょう?」

