火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 十六夜家が元は月主と呼ばれる主家であったことも、祖父と父が王后・蘇芳姫を弑したことも。

 祖父と父は碧李領で幽閉されていたが、その後一月(ひとつき)も経たずして、祖父が亡くなったという報せが届いた。急激に老衰が進んだことによる死だったそうだ。凍えるような冬の寒い朝、雲一つなく晴れ渡った空の下で、一葉は祖父の訃報を聞いた。

 父の万葉人は当主の座を退いた後、十六夜家とは縁を切ったという。その身は今も碧李家の預かりとなっている。今後、都にも十六夜の里にも戻ることはないらしい。

 祖父と父が去った後、残された十六夜家は取り潰しになると思っていたが……そうはならなかった。

 五主家当主による合議で、一度は十六夜家の取り潰しが決まった。
 しかしその日の夜、都を再び大嵐が襲ったのである。
 天は十六夜家を潰すのではなく、償いを求めている――そう判断した当主たちは、十六夜家を残すことに決めた。

 一葉の兄の匠人が、十六夜の里を継いだ。が、それはもちろん月主・十六夜家の当主としてではなく、あくまで里長(りちょう)としてのこと。

 十六夜家は、赦されたわけではない。
 その証に、燦の寝室にあった屏風の左端の扇には、いまだ何も描かれていないままになっているのだという。

 これから十六夜は長い時をかけて、罪を償うことになる。
 天が十六夜を赦し、日紫喜家の屏風に、再び月主・十六夜家と月影の石の絵が現れる――その時まで。

(今日も、いい天気だな)

 季節はすっかり移り変わり、春が来た。
 ここ久靄家の領にも、桜が咲いている。


「一葉さん!」

 大桜の木の下で、大きく手を振る人影が見えた。桔梗姫の意中のお相手に仕える従者の男だ。

「石川様、遅くなり申し訳ございません!」

 一葉も手を振り返しながら小走りで駆け寄るが、石川も待ちきれないといった様子で、一葉のほうに向かって歩いてくる。

(木の下で待っていてくれたら、こちらが行くのに……!)

 彼は親切で感じのいい男だが、時折こうして丁寧すぎるところがある。
 一葉の目の前まで来ると、石川は額の汗を拭いて満面の笑みを浮かべた。

「桔梗姫から今日も文をいただけるとのこと、ありがとうございます。我が主も首を長くして待っております」