火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 そう呟くと、一葉と繋がっていた燦の手が突然離れた。
 燦は、火輪剣(ひのわのつるぎ)を握ったままうつ伏せに倒れる祖父を見つけ、飛び掛かったのだ。馬乗りになり、その手から素早く火輪剣を取り返す。
 ようやく持ち主の手に戻った剣を見て、一葉の肩からどっと力が抜けた。

 混乱に乗じてその場から一人で逃げ出そうとした父は衛士(えじ)に捕まり、あっと言う間に後ろ手に縛り上げられた。

(これですべて終わった……のか?)

 ここにいる皆は、失った十年前の記憶を取り戻したのだろうか?
 先んじて威風の才を受けていた一葉には分からない。

(確かめなければ)

 久靄家の当主の姿を探す。当主たちは意識を失った和暮家当主に寄り添い、声をかけている。衛士や資人(とねり)たちが薬師を呼び、あたりは騒然とし始めた。
 しばらくすると、久靄の当主が立ち上がる。

「一葉、一葉はどこだ……!」
「はい、ここにおります!」

 駆け寄って、久靄家当主の背中にそっと手を添える。

「……どうでしょうか、私のことを思い出しましたか?」

 威風の才が、皆の頭の中にかかる靄を吹き飛ばしてくれていますように。
 一葉は祈りながら、当主の言葉を待つ。

 久靄の老爺は一度大きく息を吐くと、左手を伸ばして一葉の頬に触れた。次は右手が頭に触れ、それから両手が肩に置かれる。
 目が見えないからか、今、一葉がどんな顔をしているのか、手で触れて確かめているようにも思える。

「一葉よ……思い出した。君は私の可愛い孫だ。愛娘の香宵が産んだ大切な姫……!」
「はい……これまでも、合議の場で何度かお祖父様にお会いしていました。男の格好なんかしていましたけど、十六夜久遠の正体は私だったのです」
「私は目が見えぬ。一葉がどんな格好をしていても構うものか。香宵と一葉のことを、十年も忘れてしまっていた私を許しておくれ」