火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 祖父は既に(よわい)七十を超えている。火輪剣を手に入れたところで、あの年では使いこなせない。若き王に、力で敵うはずがない。

 ずっと祖父の言いなりだった父の目にも、諦めの色が浮かんでいる。祖父の(ほう)を後ろから掴み、止めようと必死で声を掛けている。

 一葉は両手を地について、体を起こす。
 するとそこに、何者かの手が差し出された。
 (しわ)の寄った老爺の手だ。
 顔を上げると、目の前にいたのは久靄家の当主だった。

「……君は、一葉というのかね?」

 穏やかで、どこか懐かしい声だった。

「はい、私は一葉です」

 自信を持って、力強く答える。

 一葉の母の香宵は、久靄家から十六夜に嫁いだ姫だ。つまり、久靄家当主であるこの老爺は、一葉の祖父に当たる。
 十六夜久遠(・・)として生きていたら、決して言葉を交わすことのなかった、肉親だ。
 一葉にもまだ、愛してくれる家族がいるのかもしれない。そう考えただけで、目の奥が熱くなった。

「一葉か……先ほどから、その名をどこかで聞いたような気がしてならない。君は先ほど、我々が霧中の才によって記憶を消されていると言ったな?」
「はい、そうです。久靄家のご当主様」
「分かった。協力しよう。今こそ綺羅の天の下に、主家が互いに手を取り合う時だ」

 久靄家の当主が手を挙げて合図をすると、烽火家の当主がそれに気が付いて駆け寄ってきた。目の見えない久靄に腕を差し出し、二人は傷を負って倒れている和暮家の当主の元に向かう。

 久靄、和暮、烽火の三家が揃った。そこに碧李輝比佐も合流する。

「和暮殿、そういう訳だ。貴殿が負った怪我は、五主家が協力して必ず治そう」
「……分かっているよ、久靄殿。だが、私が霧中の才を使えば、貴家の才を打ち消すことになる。よろしいな?」
「もちろんだ。過去を知らねば、十六夜を正しく裁くことはできない。我々の記憶を、取り戻してくれ」

 久靄家当主のその言葉に、碧李と烽火も同意するように頷いた。
 和暮家当主は怪我の痛みに耐えて力を振り絞り、起き上がる。心配そうに見つめる花緒に笑みを向けた後、威風の才を使うための呪文を唱え始めた。

(花緒様とは、桁違いの力だ……!)

 海にせり出した崖が、地面ごと揺れる。