火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 炎に巻き込まれる――そう思ったのに、一葉の体を包んだのは炎ではなく、冷たい水しぶきだった。

(これは何? 海水!?)

 濡れた顔を袖で拭い、目を開ける。
 すぐ見えたのは燦の背中。そして、その右手に握られた剣だった。炎武の才で生み出した、炎の剣だ。
 そして少し離れたところには、碧李輝比佐が息を切らせて膝を突いている。

(……ということは、この水しぶきは碧李家の水煙(すいえん)の才か)

 祖父の放った一撃に対し、輝比佐が水煙の才で海水を呼び出して勢いを()ぐ。一瞬できた間に燦が滑り込み、炎武の才を使って受け止めた、ということだろう。
 主家の協力のおかげで助かった。

「一葉、次が来る。早く木の陰に逃げろ!」
「燦様、でも……!」
「早く!」

 祖父が再び剣を振るう。轟音が鳴り、空が赤く染まる。
 燦が右手の剣で炎を払うと、ほんの少しだけ軌道がずれた。向きを変えた炎の一撃は久遠の右耳元をかすめ、側にあった木に燃え移る。枯れた枝葉は一気に燃え上がり、パチパチと激しく火の粉を飛ばす。
 燦と一葉は手を握り合い、地を転げるようにして火の粉を避けた。

 息をつく間もなく立ち上がった燦は、一葉をその場に残して祖父に立ち向かって行く。
 火輪剣と燦の才がぶつかり合い、キィィンという音を立てた。

(お祖父様……!)

 きっと祖父はもう、正気を失っている。
 味方に取り込んだはずの主家から見放され、宝物である月影の石は手に入らず、焦っている。

 十年(・・)だ。
 日紫喜家から王位を簒奪(さんだつ)しようと謀り、宝物殿の前で蘇芳(すおう)姫と香宵(かよい)姫の命を奪ってから、十年。
 罪を償うはずだったその十年の間、十六夜がやってきたことは何か。

 一葉を蔵に閉じ込め。
 女として生きる道を奪い。
 再び火輪剣(王位)に手を伸ばそうと、虎視眈々(こしたんたん)と謀略を巡らせた。