火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「急に嵐が起こった? もしかして天の怒りが……?」

 一葉は思わず、目の前にいた燦の(ほう)の端を掴む。燦がその上から一葉の手を包むように握り返した。

 夕空を呑み込むのは、夜の闇よりも暗い嵐雲(らんうん)
 見上げると、一葉の頬に何か冷たいものがふんわりと触れた。

「……雪だ」

 まるで、十年前のあの夜の再来。
 一葉は呼吸を忘れて空を見る。

 そこに、ひときわ大きな声で祖父が叫んだ。

月主(げっしゅ)が司る夢見の才は、海主(かいしゅ)・碧李家の水煙の才を打ち消す力を持つ! 元より碧李は、十六夜に対して頭の上がらぬ存在なのだ。そして、十六夜は火輪剣を手に入れた。火輪剣と月主の宝物、月影の石を天に示し、今度こそ十六夜が綺羅ノ王となる!」

 祖父の叫びに合わせ、もう一度雷鳴が轟く。

 ……怖い。
 雷の音を聞くと、蔵の中で一人、恐怖に耐えた記憶がまざまざと蘇る。
 祖父の自信たっぷりの笑みが、野心に満ちた声音が、一度は取り戻したはずの一葉の過去をかき消していく。

「目を閉じるな!」

 燦の声で、一葉はハッと我に返る。
 顔を上げると、燦と目が合った。

「お前の名はなんだ?」

 燦が問う。

「僕は……」
()、なのか?」
「いえ……()は、十六夜一葉です!」

 そうだ。
 一葉はもう、蔵で過ごし、男装を強いられて従った十六夜久遠ではない。
 母からの愛を一身に受けて育ち、月影の石を守るよう託された強き姫――十六夜一葉だ。

 一葉は唇をきゅっと引き結ぶ。
 頭の中にかかった靄が、再び晴れていく。

「お祖父様には、月影の石を絶対に渡しません!」

 一葉は精一杯の声を上げた。

「馬鹿なことを言うな、久遠。火輪剣は儂の手にある。あとはその月影の石さえあれば全てが叶うのだ」