火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 祖父は隠居してから、ほとんど誰にも会わず、十六夜の里にこもってひっそり暮らしていた。燦が祖父の顔を見るのは、十年ぶりのことになる。
 母を刺した仇の顔は、十年経った今でも忘れられないのだろう。

「燦様、行きましょう」

 一葉は燦と手を合わせ、しっかりと握った。

「お祖父様!」

 木の陰から立ち上がり、一葉は大きく叫ぶ。

 祭壇の前で火輪剣を握る祖父、その横には祖父を衛士から庇う父。
 ……見苦しい。十年前と同じく、二人は火輪剣を手にして綺羅ノ王になろうとしている。

(でも、見苦しいのは十六夜だけじゃないようだな)

 主家の当主たちも、十六夜と同じ穴の(むじな)だ。海に落ちて命を落としたと思われた燦が現れた瞬間に、彼らの目の色が変わったのを、一葉は見逃さなかった。

(燦様の無事を喜ぶ者はいないのか? 皆、霖様が王になった時の身の振り方しか頭になかったように見える)

 陽主は主家を統べる立場でありながら、他主家に利用され、まるで道具のように扱われる。
 燦が置かれた()という位は、かくも孤独なものなのか。
 唇を噛み、一葉は祭壇に近付いた。

「お祖父様、父上。お止めください! 火輪剣を奪っても、十六夜は王にはなれません。天が赦すはずがありません!」
「久遠……久遠じゃないか! 無事だったのか!」
「ええ。海に落ちた僕を、燦様が助けてくださいましたから」

 祖父の視線が、一葉の胸のあたりに向けられた。祖父も、一葉の安否になど感心はないのだろう。月影の石さえ、その手に戻ってくれれば。

「久遠、早くこっちに来い! 石を持っているな?」
「……お祖父様。その前に、ここにいる五主家の皆様にお伝えすることがありますよね」
「なんだと? つべこべ言わず、早く石をこちらへ!」

 祖父は勢いに任せて火輪剣を一振りする。巻き起こった風に、周りにいた衛士たちが声を上げながら後退った。
 その場にいる全員の視線が、祖父と一葉に集まっている。
 一葉が声を上げようとすると、隣にいた燦が一葉を庇うように前に出た。

「十六夜是誓! 我が日紫喜家の宝物、火輪剣をどうする気だ」
「燦王よ。よく戻られましたな。私は燦王のお戻りをお待ちしておりましたぞ」