火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 王と后が嵐の海に落ち、一度に姿を消した。
 いまだかつてない綺羅ノ国の危機に、婚礼のために集まった人々は祭壇の前で呆然としていた。

 花緒に扮した久遠に続き、燦が海に落ちて、早数刻。
 幸い雨風は収まったものの、既に陽は傾いている。夜になれば、陸だけでなく海も、凍える寒さに包まれる。

「早く……早く探してくだされ! 月影の石、いや、王と后が海に落ちたのですぞ!」

 騒いでいるのは十六夜の(かんなぎ)親子だけだ。
 ほかの主家の当主たちは祭壇の前に集まり、碧李家当主の顔色を窺いながら項垂れているばかり。
 その中でもただ一人、和暮の当主だけは、娘である花緒を失った悲しみに暮れて力なく座り込んでいた。

「碧李殿! ここは碧李の領ではありませんか。なぜ何もなさらない? 海に下りてお二人を探されてはどうですか!」

 誰一人言葉を発しない沈黙の中、十六夜の祖父の叫び声だけが響く。
 これには碧李家当主の輝比佐(てるひさ)も、呆れた顔で振り向き、祖父を睨みつけた。

「十六夜殿。少し静かになされよ」
「いやいや、何を呑気なことを!」
「天を見上げればお分かりであろう? 雨も風もこのようにすっかり収まっている。燦王と花緒殿が海に入って命を捧げたことにより、天が怒りを鎮めてくださったのではないか?」

 輝比佐がそう言うと、和暮の当主の嗚咽(おえつ)が大きくなった。

「……っ、碧李殿は、お二人を見殺しにすると仰るのか」
「見殺しとは無礼な。十六夜殿、先ほどから聞き捨てなりませんぞ」

 輝比佐は不快感を隠さない。その鋭い視線に、十六夜の祖父も狼狽(うろた)えて後退った。

(碧李家の思惑がよく分からなかったけど、ようやく理解できた気がする)

 木の陰に身を隠した久遠は、当主たちのやり取り一部始終を盗み聞きしながら考える。

 碧李輝比佐の側には輝比佐の母親と女官たち、そして女官に手を引かれた(りん)の姿がある。
 霖の母親は、碧李家の縁故の姫である。
 輝比佐にとっては、新王の燦に味方をするよりも、花緒の産む次王に付くよりも、霖が王位に就くことが一番の望みであったのだろう。