火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 花緒が、胸元に月を抱く女ではなかったのなら、彼女が燦の后になるという道は、初めからあり得なかったのだ。

「久遠、そして燦。本当にごめんなさい。なんと謝ればいいのか分からない。それに、燦が久遠のことを想っていると知った今、すべては私の勘違いだったことに気付いたわ。私を守ってくれるのは燦じゃない。お腹にいるこの子なんだって」

 花緒は握っていた久遠の手を放す。
 そして久遠の背中を押して、燦の目の前に突き出した。
 燦と真正面から向き合う形になり、久遠はますます何も言えなくなって固まる。

(花緒様は今、燦様が僕のことを想っている……って言った?)

 恐る恐る見上げると、燦と目が合った。
 燦は口元を歪め、それから花緒を軽く睨みつける。

「花緒。先ほどから聞いていれば、勝手なことばかり」
「そうね。勝手なことをしたわ。だからこそ二人の役に立ちたいの。今から私は威風の才を使う。だけどその前に、お互いの気持ちを確かめて。ね?」
「……」

 燦は短く息をつき、久遠に視線を移した。
 心臓が跳ね上がる。

 燦は照れ臭そうに指で鼻をこすった後、片膝をついて久遠の顔を覗き込んだ。
 長く吐かれたその息が、震えているように感じる。

 いつの間にか、花緒は姿を消している。気を遣って場を外してくれたのだろう。

「久遠。俺はお前のことをずっと探していた。香宵(かよい)姫から、一葉姫を守ってほしいと頼まれた」
「…………」
「宝物殿が焼け落ちたあの夜の出来事が、夢なのか(うつつ)なのか分からなかった。一葉という少女が、本当にこの綺羅ノ国にいるのかどうかも。だが、お前と出会って分かった」

 燦が、手を伸ばす。俯いた久遠の頬に触れる。

「お前を守ってやる、と言ったのは、お前が一葉(・・)だからじゃない。俺は、俺が出会った久遠のことを守りたいと思った。お前の正体が一葉であろうとそうでなかろうと……俺はお前のことが好きだ」
「燦様……」

 燦だけではなく、久遠の声も震えている。
 ……怖い。
 これから久遠は、花緒の威風の才を受けることになる。もしかしたら、蔵に閉じ込められる前のことを思い出せるかもしれない。

 しかし、自分が十六夜一葉であることを思い出してしまったら、もう後には戻れない。
 一葉の祖父は、燦の母である蘇芳姫を殺めた逆賊。