火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 花緒は久遠の手を引いて、壁際に立たせる。

 久遠に対して威風(いふう)の才を使ってほしい――そう頼んだのは自分だが、強い才を使うと体力を消耗すると聞いた今、花緒には頼めない。

「花緒様! もういいのです。ほかの手を考えますから!」
「久遠、いいのよ。あなたたちの話を聞いて、私の迷いも消えたから」
「迷い?」

 花緒は久遠の手を取って微笑む。そして燦と久遠の顔を交互に見た。

耀(よう)が息を引き取る直前、私に言ったの。もしも自分がこの世からいなくなったとしても、花緒(わたし)のことを守ってくれる人がいるから安心しなさい、一生をかけて守るよう、託してから旅立つからって」
「……耀王がそんなことを」
「ええ。耀と私は幼馴染みだけど、彼は幼い頃から一度も嘘をついたことなんてなかった。だから私は耀を信じたわ。そして私を守ってくれる人というのはきっと、燦のことだと思ったの」

 久遠をまっすぐに見つめ、花緒は静かに告げた。

(花緒様……確か以前、初恋相手は燦様だったと仰っていた)

 もしかして、花緒はまだ燦に対して気持ちが残っているということなのだろうか。
 久遠は息を呑んだ。

 なぜだか分からないが、花緒に握られた手の先からさあっと血の気が引いていく。何も言えない。
 しばらくして、花緒が握る手に力が入ったのが分かった。

「耀の最期の言葉に従って、私は燦の側にいなければと思った。だから私は皆の前で『胸に月の痣がある』と嘘をついたの」
「月の形の痣というのは、嘘だったのですね……?」

 花緒は頷く。

 燦の后になる相手は、胸に()を抱く女――そう夢見をしたのは久遠だ。だが、燦を始めとして皆がそれを信じた。二代続けて同じ家から后を輩出しないという慣習を破ってまで、花緒を燦の后にするよう動いていたというのに。

 嘘とは知らず、皆が花緒の言葉に振り回されたことになる。
 久遠の隣で、燦も困ったように小さく肩を上げた。