火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

「香宵姫は、どうか一葉姫を守ってほしい、と俺に託した」

 燦の口調は穏やかだった。
 しかし、その言葉で、久遠の目からは堰を切ったように涙が溢れ出す。

(燦様が、僕を……守る?)

 以前、久遠が父に殴られた時、燦は真っ先に助けにきてくれた。十六夜から久遠を遠ざけ、「お前を守ってやる」と口にした。その頃はまだ、久遠が一葉であることを知らなかったはずなのに。

 理屈では言い表せない、運命を感じる。
 まるで、亡き香宵姫と蘇芳姫が、久遠を燦と引き合わせてくれたように。

 久遠は、顔を上げることができないほど泣いた。
 その背中をさすっていた花緒が、覚悟を決めたように大きく息を吐く。

「燦、久遠。さっきも言った通り、私の威風の才では、きっと香宵姫の才には太刀打ちできないわ」
「ほかに手はないか? 花緒以外にも威風の才を使える者は」
「もちろん、和暮で最も才が強いのは、当主である父よ。でも、父には十六夜の覡の息がかかっているのではなくて?」

 花緒の言う通りだ。和暮家の当主を頼れば、かえって墓穴を掘る可能性もある。

(でも、懐妊中の花緒様に迷惑をかけるわけにはいかない)

 花緒は身重だ。無理に威風の才を使わせて、お腹の子に何かあれば困る。
 記憶を取り戻すことは、諦めるしかない。ほかに十年前の謀略を暴き出す方法は――。

 久遠が唸っていると、燦が久遠の手をそっと握った。それを見て、花緒はくすっと笑う。

「もしかして、燦も気付いたのかしら? 久遠のこと」
「ああ。むしろこれだけ一緒にいて気付かなかった俺が馬鹿みたいだ」
「そうなのね……分かった」

 花緒は少し寂しそうに笑うと、すっくと立ち上がった。

「私の入り込む隙などなさそうね」
「どういうことだ?」
「いいえ、こちらの話よ。さあ久遠も立って」

 花緒は久遠に手を差し出す。
 なんのことか分からず、久遠は言われるがまま花緒の手を取って立ち上がった。

「花緒様?」
「私の才だけでは太刀打ちできない。でも、もしも貴方たちのやろうとしていることが正しいなら、きっとこのお腹の子が力を貸してくれるはずよ。耀(よう)の血を引いた我が子がね」