火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 久遠は項垂(うなだ)れた。(かんなぎ)としては見習い(・・・)と言われるほど、久遠の夢見の才は弱い。だから、才を使うのにそこまでの体力を消耗するのだということを知らなかったのだ。

「……確かに。それでようやく腑に落ちた」

 横から燦が口を開く。

「燦様、何が腑に落ちたのです?」

 久遠が尋ねると、燦は苦悶の表情を浮かべて静かに目を閉じた。

「十年前のあの日、香宵姫は一葉を逃がし、母の亡骸と共に宝物殿の前に残った。今にも崩れ落ちそうな建物を目の前にして、なぜ一緒に逃げなかったのか……ずっとその理由を考えていた」
「なぜなのでしょうか」
「霧中の才を使えば、香宵姫は意識を失うほどに力を消耗する。母の亡骸と火輪剣、そして愛娘である一葉。十六夜の手からすべてを守り切るためには、自らの命を犠牲にするという、あの選択しかなかったということだ」
「……そんな! 確かに、それで燦様のお母様の亡骸と火輪剣を、祖父に渡さずに済んだのかもしれません。でも、私……いえ、一葉(・・)のことは捨てたも同然ではありませんか! だって、十六夜の祖父に託したのでしょう?」

 そうだ。そして一葉は蔵に閉じ込められた。
 名前を奪われ、女として生きることも奪われた。
 そのせいで、久遠は十年間、苦しんできた。

 燦が久遠に向き直る。いつの間にか久遠の頬を伝っていた涙を、指で優しく拭った。

「久遠、それは違う。香宵姫は亡くなる間際に俺に言った。たとえ綺羅ノ国中の人が忘れてしまったとしても、決して母のことを――蘇芳(すおう)姫が綺羅ノ国を十六夜から守ったのだということを、忘れるなと。そして、俺の記憶だけは奪わずに残した」
「あっ……」

 なぜ、今まで気が付かなかったのだろう。
 霧中の才によって、綺羅ノ国から十六夜家の存在や罪の記憶が消し去られた。火輪剣が奪われそうになったことも、燦の母や香宵姫の存在も。

 しかし、燦の記憶にだけは残っていたではないか。
 だから燦は、あの惨禍の夜を何度も夢に見たのだ。十年もの間。

(燦様は、一人だけ記憶を消されなかった。香宵姫は、なぜ燦様にそんな重荷を背負わせたの?)

 眉根を下げて微笑む燦を見ていると、胸が締め付けられるように痛む。

「それともう一つ」
「もう一つ? まだあるのですか?」