火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 おまけに、すぐ側にある木の上からは、五歳の甥っ子が久遠を睨みつけている。

 三人の甥っ子の世話をしながらの朝のお勤めは、もはや苦行である。門前の掃除が終われば、このあとは洗濯に取り掛からねばならないというのに。

(せめて一人でも女の子がいればなあ)

 姪っ子ならば、ままごと遊びなどをして穏やかに過ごせるのだろうかと、想像を巡らせた。しかし、この十六夜家に生まれたのは、三人続けて男児である。

 こんな時は、自分が体力のない女の体であることが嫌になる。久遠は肩をがっくり落としてため息をついた。

「久遠! 何を偉そうにため息なんかついてるんだよ! 父上に言いつけるぞ!」

 木の上から、五歳の甥が久遠に唾を吐いた。

「十六夜家の跡取りともあろう御方が、品のないことをしないでください」
「なんだと? お前なんかに指図される覚えはない!」

 この甥は、父や兄がいつも久遠を好き勝手に罵倒しているのを、傍で聞いている。だから、相手が久遠であれば何を言っても問題ないと思っているのだ。

 久遠は(めかけ)の子である。
 実母が亡くなった後に十六夜家に引き取られたらしい。正妻や兄だけでなく、血の繋がっているはずの父からも疎まれ、こき使われている。

 十年近くこんな暮らしをしているから、小間使いとしての扱いには慣れた。とはいえ、辛く思うこともなくはない。

 久遠はいつも懐に忍ばせている小袋に手を伸ばし、ぎゅっと握った。小袋の中には、母の形見である小さな石が入っている。
 母の記憶など一つも残っていないのだが、「この石を絶対になくしてはいけない」と言った母の言葉だけは、なぜか忘れられず頭の片隅に刻まれている。

 なんの変哲もない、ゴツゴツとした、ただの石ころ。
 ただ、久遠にとってはこの石だけが、家族の愛情を感じられる唯一の拠り所だった。

「久遠! 掃除は終わったのか?」

 屋敷のほうから大声で呼ぶ声がした。兄の匠人(たくと)だ。

「もう終わります!」
「父上がお呼びだ! 早く来い」
「はい、ただいま!」

(ああもう……勝手だなあ)

 父の呼び出しはいつも突然だ。用事を切り上げて早く行かなければ、また叱られる。
 久遠は急いで甥っ子たちと手を繋ぎ、屋敷に戻った。