火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

 遠くの空を、稲光が走る。

 嫌な予感がした。都の方角で雷が鳴るのは凶兆だ。こんな時には必ず、ここ十六夜(いざよい)の里にも嵐が訪れる。雨が降り始める前に、早く屋敷まで戻らねばならない。

 男物の覡服(かんなぎふく)に身を包んだ十六夜久遠(くおん)は、荷を固く胸に抱いて歩を速めた。

「――きゃああっ!」

 雷鳴の代わりに、久遠の耳に女の甲高い悲鳴が聞こえる。

(よりによってこんな時に……誰かが野盗にでも襲われたのか?)

 日は先ほど沈んだばかり。空に残った夕焼けを山の端に追いつめるように、どす黒い嵐雲が頭上に迫っている。

 あたりに人通りはない。道沿いに並ぶ家も、嵐に備えて雨戸を固く閉じていた。

 これでは、誰もあの女の悲鳴には気付かない。久遠までもが悲鳴を無視して通り過ぎたなら、声の主である女がこれからどんな目に遭うか分からない。

(……急いでいるけど、仕方ないか)

 ふう、と大きく息を吐き、久遠は悲鳴のした方角の路地に足を向けた。

 事情があって男のなりをしているが、十六夜久遠は十七歳の少女である。

 小柄な久遠には、野盗に立ち向かえるほどの腕力はない。もしも奴らと取っ組み合いの喧嘩になれば、完全に久遠の負けだ。

 しかし、このあたりの土地勘と、小柄な体躯を生かしたすばしっこさには自信がある。不意をついて女を野盗から引き離し、手を引いて上手く抜け道に逃げれば、奴らを撒くことくらいはできるだろう。

 久遠は息を潜めてゆっくりと、人の気配がするほうに近付いた。

 通りから路地を一本入って最初の角の向こうには、予想通り、野盗の男どもに囲まれた一人の女が立っている。庶民にはとても手の届きそうにない上等な白藍の(うちき)を目深にかぶり、笠を振り回して野盗に抗っていた。

(あの格好では、私は高貴な家の者だから襲ってください、と言っているようなものだ)