音に溺れる




(……私じゃ、どんなに背伸びをしたって、本当の意味で彼の隣には立てない)

ギターケースのジッパーを閉じながら、私は彼の少しだけ疲れたような、けれど安堵した横顔を盗み見た。

大人たちとシビアな交渉を重ね、バンドの未来という重すぎる十字架をたった一人で背負って歩く彼。その歩幅に追いつくことなんて、ただ前を向いて歌うことしかできない私には、到底不可能に思えた。

いつか、スタジオでサトルたちに口にした通りだ。
彼の隣に立つべきなのは、私みたいな手のかかる子供じゃない。彼と同じように賢くて、自立していて、あの底知れぬ孤独を対等な目線で分かち合えるような、大人びた女性なんじゃないか。

……そう、何となしに私は自分に言い聞かせていて。

自分はあくまで、彼が作り上げる音楽を体現するための楽器なのだと、心の境界線を引き直す。

そうやって自分自身の立ち位置を明確に定義してあげた瞬間、私は、胸の奥でひそかに育ってしまっていた彼への複雑な感情を、少しだけ手放すことができていた。

恋、と呼ぶにはあまりにも重くて、憧れと呼ぶには少しだけ近すぎた、名前のない熱。

それを大切に箱に仕舞い込んだことで、私の心は不思議なほど静かに凪いでいた。



……だから。



だから、

ある日、彼がふっと、ライブの打ち上げの騒がしい居酒屋に『彼女』を連れてきた日も。

「……紹介する。彼女の、水瀬だ」

いつもの不機嫌で冷徹なプロデューサーの顔ではなく。ほんの少しの照れくささと、隠しきれない独占欲を滲ませて。

彼が私たちの前に連れてきたその人は、私がかつて想像した通りーーいや、それ以上に、息を呑むほど美しくて、凛とした強さを持つ大人の女性だった。

「うおっ、マジかよ日向!!」

「美人すぎだろ! 騙して連れてきたんじゃないだろうな!?」

サトルやマサキが面白がって騒ぎ立てる中。

私は、並んで立つお似合いすぎる二人の姿を静かに見つめながら、手元のウーロン茶のグラスをそっと傾けた。

(ーーあぁ、やっぱり)

想定していたほどに、心が痛むようなことはなかった。

心の奥底で、ちくりとした小さな棘が刺さったような寂しさは確かにあったけれど。

泣き喚きたくなるような絶望感は、微塵も湧いてこない。

それよりも。

私がどんなに歌っても代わってあげられなかった、あの『孤独な玉座』の重さを。彼がようやく預けられる場所を見つけたのだという事実に。

私はほんの少しだけ、泣きそうになるくらい、深く安堵している自分がいたのだ。