音に溺れる




その瞬間、ガチャ、と重い防音扉が開く音がして、少し遅れてシキがスタジオに入ってきた。

「ごめん、ちょっと電車遅れてて……って、何? どうしたの?」

入ってくるなり、ニヤニヤ顔の男二人にジッと見つめられ、シキが戸惑ったように目を瞬かせる。

すかさずマサキが、悪戯を見つけた子供のような顔でシキに話を振った。

「なぁ、シキはどう思う? 日向の彼女って、どんな子だと思う?」

「えっ!?」

突然振られた話題に、シキが分かりやすく肩をビクッと跳ねさせた。

一瞬だけ彼女の視線が俺のピアノの方へと泳いだけれど、すぐに慌てたように宙を彷徨い始める。

「えー! えっと……私の、勝手なイメージだとーー」

シキは顎に指を当てて、少しだけ寂しそうな、けれど一生懸命に言葉を探すような顔でポツリポツリと紡ぎ出した。

「おんなじ医学科の、凄くかっこいい人。頭も良くて、美人な大人の女性」

(……うん。そこまでは合ってる)

俺は鍵盤に落としていた視線を上げることなく、内心で静かに感心していた。

同じ医学科で、とびきり美人。彼女の直感の鋭さは伊達じゃない。
プロファイリングとしては完璧に近い。

しかし、シキの想像はそこからさらに、彼女自身の抱く『御崎日向の理想像』へと飛躍していった。

「嫉妬とか、喧嘩とかあんまりしない。お互いの時間やタスクを尊重し合えるような……自立した、大人同士の恋愛って感じ。……違う?」

シキが少しだけ上目遣いで、答え合わせを求めるように俺を見た。

(ーー全然違う)

俺の胸の中で、盛大な否定のツッコミがこだまする。

嫉妬しない? 喧嘩しない? 自立した大人の恋愛?
冗談じゃない。俺と彼女の関係性の、一体どこがそんなに綺麗でスマートなんだ。

水瀬の余裕な態度に振り回され、他の男の影に勝手に焦り、自分のキャパシティのなさに絶望して。

そして俺は、夜な夜なコンドームの付け方を検索しては、彼女を傷つける恐怖に一人で勝手に怯え散らしている。

泥臭くて、青臭くて、感情というノイズにまみれた、最低で最高に面倒くさい『ガキの恋愛』の極致。

それが、今の俺の現在地だ。

けれど、そんな情けない真実を、自分を『無敵のプロデューサー』だと信じてくれているシキに対して口にできるはずもなかった。

「……だから、想像に任せるって」

俺はわざとらしく深いため息をつくと、適当な不協和音を一つだけ鍵盤でジャン、と鳴らして、それ以上の追及を強制的にシャットアウトした。