音に溺れる



俺のひそかなノスタルジーを他所に、他愛のない恋バナの矛先は、ふいに不運な形でこちらへと向き直った。

「で? 日向はどうなんだよ。彼女いるんだろうなってのは、薄々気づいてたけど……」

ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべたマサキがドラムセットに肘をつきながら探りを入れてくる。

その言葉に、サトルも身を乗り出してきた。

「お前、俺たちより全然大人だもんなー。面倒見もいいし、段取りも完璧だし」

「絶対、恋愛もすげー上手くやってるんだろ? スマートに店予約して、余裕たっぷりに大人のエスコート、みたいな感じでさ」

「いや、案外裏をかいて、思いっきり甘えられる歳上の女の人と付き合ってるとか? 『普段は完璧な俺だけど、お前の前でだけは素になれる』みたいな!」

好き勝手な妄想を膨らませ、キャッキャと盛り上がるサトルとマサキ。

彼らの目に映る『御崎日向』という人間像が、どれほど過大評価され、美化された完璧な虚像であるかを突きつけられ、俺は内心で頭を抱えた。

「……想像に任せる」

俺は極力無表情を装い、彼らから視線を外して、機材のケーブルを無意味に巻き直しながら短く切り捨てた。

冷たく響いたその声は、彼らには『図星を突かれてはぐらかす、余裕のある大人の男』の態度に映ったのだろう。「うわ、否定しねぇ!」「絶対エロいことしてるわー!」と、さらに囃し立てる声が背中に浴びせられる。

(……言えるわけがない)

彼らの無責任な歓声をBGMに、俺はケーブルを握りしめたまま、心の底から血の涙を流していた。

大人のエスコート?
スマートな余裕?
思いっきり甘えられる関係?

(ーー言えねー……。彼女を傷つけないためのマニュアルを血眼でググって、タスク一覧の最上位に『ゴムの付け方を練習する』をねじ込んでるなんて……)

もし今、俺の脳内の検索履歴と、夜道で暗記していた手順の数々を彼らに開示したらどうなるか。
腹を抱えて笑われる未来しか見えない。

全国ツアーを仕切る冷徹なプロデューサーの威厳など、一瞬にして音を立てて崩れ去るだろう。

(いや、言ったら絶対笑われる……。というか、俺自身が一番自分を笑いたい……)

俺はただの、経験不足に怯え、未知のタスクに震えている、不器用で余裕のない二十歳のガキだ。
彼らが羨望の眼差しを向ける『完璧な大人』なんてものは、どこにも存在しない。

「……おら、さっさと準備しろ。今日はセトリ通すぞ」

これ以上ボロが出る前に、俺はわざとらしく不機嫌な声を出す。