音に溺れる





分厚い防音扉を押し開けてスタジオに入ると、中には珍しく、サトルとマサキの2人だけがいた。

アンプの電源を入れるでもなく、床に直に座り込んで何やら話し込んでいたらしい。

「よー、日向」

「早いな」

振り返ったマサキが片手を上げ、サトルが気まずそうに視線を逸らす。

俺は背負っていた重いリュックをソファに下ろし、首を鳴らしながら短く応えた。

「日向も。なぁ、聞いてやってよ。サトルの恋バナ」

マサキの唐突な言葉に、俺はリュックのジッパーにかけた手をピタリと止めた。

「……あぁ……そういう話……」

全国ツアーの宣伝、機材車のレンタル手配、迫り来る医学部のテスト。
俺の脳内を占めている殺人的なタスク群とは全く次元の違う、あまりにも平和で『大学生らしい』単語に、一瞬だけ思考のピントが合わなくなる。

顔を真っ赤にしてマサキを睨みつけているサトルの様子を見て、俺は短くため息をつき、極めて論理的な事実を口にした。

「サトルはーーシキだろ?」

「なっ!? おま、気づいて!?」

素っ頓狂な声を上げ、サトルが弾かれたようにこちらを振り向く。
そのあまりにも大げさなリアクションに、俺は呆れ半分で冷たく言い放った。

「気付かれないと思ってたのか。……お前、相当分かりやすいぞ。ライブの最中も、シキがMCしてる時いっつもあいつの方見てるし」

「大体こいつ、7回ぐらいすでに告白して撃沈してるからな」

サトルの反論を遮るように、マサキが横から容赦のない事実を投下する。

7回。同じ相手に、しかも幼馴染で同じバンドのメンバーに。
その非合理極まりない執念とメンタルの強さに戦慄しつつ、俺は至極真っ当な感想をこぼした。

「……それは、ストーカー扱いされないだけありがたいと思ったほうがいい気がする」

「うっさい! お前らみたいな冷血漢には、この一途な男心は一生分かんねーよ!!」

サトルが耳まで赤くしてキャンキャンと吠える。
マサキは肩を揺らして笑い、俺も思わず、毒気を抜かれたように小さく息を吐いて微笑んでいた。

(……可愛いな。年相応って感じで)

嘲笑でも、見下しているわけでもない。

サトルのその、何の打算もない純粋な好意と、フラれてもフラれても分かりやすくへこみ、それでもまた立ち上がる真っ直ぐさが。

今の、打算と計算とプレッシャーにまみれた俺から見れば、眩しいほどに愛おしくて、健康的なものに見えた。