ネオンの毒々しい光が、水瀬の白い肌と、俺を見透かすような瞳を妖しく照らし出していた。
逃げ場なんて、とうの昔に塞がれていた。
それでも俺は、必死に残された最後の防衛線を死守しようと、ひどく掠れた声で抵抗した。
「っあんまり、からかうなよ。……本気にする」
それは警告というより、ほとんど懇願に近い響きだった。
これ以上踏み込まれたら、俺はもう自分をコントロールできなくなる。
けれど、俺のその情けない防衛線を前にして、水瀬はふっと意地悪な笑みを引っ込めた。
代わりに浮かべたのは、夜の喧騒すらも遠ざけてしまうような、ひどく柔らかくて、真剣な表情。
「……していいわよ?」
彼女の甘い声が、耳元を撫でる。
「私、そんなにわざと気を持たせるフリするほど、意地悪い女じゃないわ。……御崎君だけよ」
ドクン、と。
心臓が、肋骨を突き破るほどの暴力的な音を立てた。
俺だけ。そんな言葉を、この誰からも愛されてきたような女の子の口から聞かされて、冷静でいられる男がどこにいるというのか。
完全にフリーズした俺の胸元に、水瀬はそっと細い指先を這わせ、見上げるようにして言った。
「ーーでも、やっぱりこういうのは、男の子から言って欲しいとも思ってる」
最後の一歩は、俺に踏み出させる。
彼女のその絶対的な主導権と、女の子としての可愛らしい我儘に、俺はパニックになった頭で、必死に『いつもの自分』の理屈をかき集めた。
「ーーっ俺だって色々あるんだよ。付き合うって、責任だろ。そんな、簡単に感情だけで突っ走って決めたくない」
自分でも呆れるほどの、クソ真面目で理屈っぽい予防線。
医学生としての時間、バンドのツアー、相手の人生を背負う重圧。そうやって『感情』以外のものを盾にして身を守ろうとした瞬間ーー。
「あ、感情はあるって認めるんだ」
水瀬が、ぱぁっと花が咲くような、今日一番の輝くような笑顔を見せた。
「……っ!」
しまった、と気づいた時にはもう遅かった。
『感情だけで突っ走って決めたくない』=『突っ走ってしまいそうな感情はすでにある』。
自分で自分の退路を完全に焼き払う、致命的な失言。
論破。チェックメイト。
俺の構築した完璧な計算式は、たった一人の女の子の笑顔の前に、木端微塵に打ち砕かれた。
(……あぁ、本当に敵わない)
俺は、天を仰いで、深く、深いため息を吐いた。
全身の力が抜け、それと同時に、ずっと自分を縛り付けていた息苦しい『理性』の糸が、プツリと切れる音がした。
「……分かった」
俺は降参するように両手を軽く上げ、彼女を真っ直ぐに見つめ返した。
「俺の、負け。……完敗だよ」
言葉と共に、俺は彼女の細い手首を掴み、強引に自分の方へと引き寄せた。
「えっ」と小さく驚く彼女の声を塞ぐように、顔を傾ける。
けばけばしいラブホテルが立ち並ぶ、渋谷・円山町の裏路地。
まるで中学生のように、ひどく子供っぽくて、歯と歯がぶつかりそうになるほど不器用な、初めてのキスをした。

