音に溺れる




「ーー行こうか」

短く告げて、俺は歩き出した。向かった先は、渋谷CLUB QUATTRO。

サマーレモネードの渋谷クアトロでのワンマンは、当たり前のように満員だった。

2週間前に水瀬から『何か一緒にライブに行きたい』と唐突に言われたからといって、飛ぶ鳥を落とす勢いの彼女たちのチケットが一般販売で突然手に入るようなものではなくて。

結局、俺はバンドの『コネ』というやつを最大限に活用し、対バン相手であるサマーレモネードのボーカル、工藤歩美さんに直接頼み込んで関係者枠を譲ってもらったのだった。

(……我ながら、公私混同も甚だしいな)

そんな自嘲を抱えながらフロアの後方から見つめたステージは、やっぱり最高だった。

ガールズバンドらしい爽やかでポップなサウンド。メンバー全員の仲の良さが自然と伝わってくる、和やかで引き込まれるMC。シキたちとは全く違うアプローチでフロアを完全に支配するその姿に、俺の中でプロデューサーとしての冷や汗と、バンドマンとしての熱が同時に湧き上がる。

半年後の恵比寿での対バンが少し怖くて。でも、それ以上に楽しみに思えた。

そして、終演後。

関係者パスを下げた俺たちは、チケットの礼と挨拶とで楽屋を訪れた。

「あーっ! 日向くん! 今日は来てくれてありがとー!」

ライブ直後の熱気冷めやらぬまま、歩美さんが元気よく出迎えてくれる。

そして、俺の隣に立つ水瀬の姿を認めるなり、目をキラキラと輝かせてニヤリと笑った。

「ねぇ、急にチケット譲って欲しいって言ってきたから、やっぱりそういうことだって思った。彼女だよね? めーーっちゃ可愛い子じゃん! さすがやるぅ!」

肩をバシバシと叩かれ、俺の脳内が一瞬でフリーズした。

「い、いや、違……っ」

普段の冷徹なプロデューサーの顔など見る影もなく、ひどく間抜けで狼狽した声で否定する俺を見て、歩美さんはキョトンと首を傾げる。

「えー、なんだ違うの?」

「ただの、同級生で……」

と、俺が必死に理屈の予防線を張り直そうとした、その瞬間だった。

「はい。まだ、違うみたいです。……まだ、ね」

隣で、水瀬がふわりと艶やかに笑いながら、信じられない爆弾を投下した。

「水瀬っ……!?」

俺が弾かれたように隣を振り向くと、彼女は悪びれる様子もなく、悪戯っぽくこちらを見つめ返してくる。

そのあまりにも完璧で、小悪魔的な切り返しを聞いた歩美さんは、数秒の空白のあと、パッと顔を輝かせて俺の背中をさらに強く叩いた。

「おーっ! めっちゃ脈ありじゃん!!」

「いや、だから、そういうんじゃ……っ!」

歩美さんの無邪気な冷やかしと、水瀬の余裕たっぷりの微笑みに完全に挟み撃ちにされて。

完璧にコントロールしていたはずの俺の理性の盤面は、熱気残るクアトロの楽屋で、いとも簡単に崩れ去ったのだった。