音に溺れる



防音材に囲まれた薄暗いスタジオに、ベースの低音とドラムの残響が吸い込まれていく。

曲のブレイク。ふいに演奏を止めた日向の声が、静まり返った空気を鋭く切った。

「シキ。今のフレーズ、感情が乗りすぎてる。少し抑えろ」

日向はキーボードの鍵盤と、譜面台に置かれたタブレットを見つめたまま、ひどく冷静な声で指摘する。こちらを見ようともしない、いつも通りの淡々としたトーンだ。

「……どうして?」

少しだけむっとして問い返すと、日向は小さく息を吐いてから言葉を継いだ。

「載せるなとは言ってない。ただ、さっきのは載せすぎて『余白』が無くなってる。聴く側が入り込む隙間を残せ」

理路整然としたダメ出しに、ぐうの音も出ない。
日向の言うことは、いつだって正しいのだ。悔しいくらいに。

音楽が、好きだ。多分、物心ついたときからずっとそうだった。

何より好きだったのは、歌うこと。

それでも、もっと多くの人に聞いてほしい、とか、自分の歌で誰かを感動させたいとか、そんな大層な欲は、あまりなかった気がする。

あくまで、自分が歌っていて楽しかったから。その延長線上に、たまたま聞いてくれる人がいるなら嬉しいな、といった程度のモチベーションだった。

高校の同級生だったサトルやマサキと組んで、バンドをやることになったのも、単純に楽しそうだったからだ。放課後の延長みたいで、ただ音を鳴らして笑い合うのが心地よかった。

でも、日向と出会ってからは少し違う。

彼が紡ぐ、完璧で、美しくて、時にひどく冷たいメロディ。

あんなに議論して磨き上げた大切な大切な曲。指の皮が擦り切れるくらい、喉が枯れるくらい、毎日馬鹿みたいに練習した最高の音楽。

日向の作るこの曲でなら。
行けるところまで、行ってみたい。
そんなドロドロとした欲が、ヒリヒリするような熱が、胸の奥底でずっと消えないのだ。

「……分かった。もう一回」

私はそう言って、スタンドから外したマイクを、両手で強く握りしめた。