音に溺れる




忘れられない夏になる。

夏が始まる前、確かにそんな予感があった。

……いいや。

正直に言うと、あの日、日向と出会ってからの日常は、その全てが劇的な『非日常』だった。

次々に増えていくSNSのフォロワーや、YouTubeの再生数。

ライブハウスで形成される、演者であるこちら側までずっとその熱に浸っていたくなるような、圧倒的なグルーヴ。

彼が組み上げる完璧な計算式に乗って、私たちの見る景色は恐ろしいスピードで変わっていった。

(……でも、いつまでも一緒には、いられない)

このバンドには、彼の『猶予』という明確なタイムリミットがある。

だからこそ私は、きっとこの夏のことを、ずっとこの先いつまでも宝物みたいに、何度も何度も思い出すんだろう。

彼が作ってくれた曲も、呆れたようなため息も、冷たい手も、不器用な優しさも。

……そうやって、綺麗な『初めての恋』として箱にしまって、思い出にして大人になっていくんだ。

チクリと痛む胸の奥を宥めるように息を吐き、ふと視線を手元のコードから目の前の景色へと移す。
いつの間にか、駅前には足を止めた人たちで幾重もの人垣ができていた。

その最前列で、普段の深夜のライブハウスでは絶対に目にすることのない、小さな女の子とふと目が合った。

音楽という魔法を目の当たりにしたような、純粋で、キラキラした瞳。

あぁ、私たちが作った音楽は、こんな小さな子にまでちゃんと届いているんだ。

そう思うと、少しだけ泣きそうになった。

私は彼女にそっと微笑み返すと、マイクを両手で包み込むようにして、静かに口を開いた。

「ーー……この場で、偶然出会って足を止めてくださった方。本当に、ありがとうございます」


オレンジ色の街灯の下、夜の駅前に私の声が柔らかく響く。


「……次が、最後の曲です。私達のバンドとしては珍しく、しっとりとした正統派のラブソングです。……聴いてください」