私が俯いたまま絞り出した弱音を、日向は静かに聞いていた。
そして、小さく息を吐くと、アンプのツマミから完全に手を離し、私を真っ直ぐに見据えた。
「……本当は、明日合宿の終わりがけに発表する予定だったんだがーー」
突然の脈絡のない言葉に、私が顔を上げると。
日向は、行き交う人々の喧騒を切り裂くような、ひどく通る声で言い放った。
「実は、対バンでの全国ツアーが決まった」
「……は?」
私の口から、間抜けな音が漏れる。
その瞬間、後ろでカホンのセッティングをしていたマサキと、ベースギターのチューニングをしていたサトルが勢いよく立ち上がった。
「なっ……マジかよ日向!?」
「お前、いつの間にそんなの決めてきてんの!?」
二人の素っ頓狂な声が響く。
無理もない。
日々の練習と作曲、そして医学生の膨大な課題に追われているはずの彼が、一体いつそんな巨大なプロジェクトを動かしていたというのか。
驚愕で言葉を失う私たちを見て、日向は少しだけ肩の力を抜き、ひどく人間らしい、疲労と達成感の入り混じった苦笑いを浮かべた。
「本当。もー半年前から動き始めて、マジで営業大変だったから、今回ばっかりは褒めてくれ」
いつもなら「当然だろ」と冷たく言い放つはずの彼が、そんな素直な言葉をこぼしたことにさらに驚いていると、日向は畳み掛けるようにとんでもない爆弾を投下した。
「ちなみに、ラスト公演は東京の予定なんだが。相手はもう決まった。恵比寿LIQUIDROOMで『サマーレモネード』だ」
「嘘!? サマレモって……この間メジャーデビュー決まったばっかりの、あの超人気バンドだよね!? な、ななな、なんで!?」
私の声が盛大にひっくり返った。
恵比寿LIQUIDROOM。キャパシティ約1,000人を誇る、インディーズにとってはまさに雲の上の聖地。私達が一つの目標としていた渋谷CLUB QUATTROよりさらに上の景色。
それに加えて、飛ぶ鳥を落とす勢いのメジャーバンドとの対バンなんて、現実味がなさすぎる。
パニックになる私をよそに、日向は淡々と種明かしをした。
「いや、サマレモに関してはこないだのイベントで、向こうから声掛けてくれてさ。
こっちがツアー考えてるって言ったら、『ぜひ呼んで!』みたいな感じで決まって。
……じゃあ向こうの知名度にも思い切り甘えつつ、気合い入れて恵比寿LIQUIDROOM取るかって」
事もなげに言うが、相手から声がかかるということは、彼らが私たちの(日向が作り上げた)音源を聴き、その価値を認めたという何よりの証拠だ。
呆然と立ち尽くす私に、日向は一歩近づき、その理知的で冷たい瞳に強烈な熱を宿して見下ろした。
「な」
短く、けれど絶対的な確信を持った声。
「お前はこれから、全国6都市を巡って、対バン相手のファン全員かっさらっていくんだよ」
日向の言葉が、脳内を真っ白に染め上げる。
自分の声が、全国のライブハウスで、メジャーバンドのファンたちを次々と飲み込んでいく景色。
彼が私のために組み上げてくれた、途方もなく巨大で、圧倒的な計算式。
日向はマイクスタンドを指で軽く弾き、口角を不敵に吊り上げた。
「……こんなとこで不安になってる場合じゃないだろ」
その瞬間、私の中に渦巻いていた通行人への恐怖も、ちっぽけな不安も、すべてが跡形もなく吹き飛んでいた。

