「……なら、例えばーー”Nighthawks”は?」
私のその問いかけに、日向はキーボードに乗せていた指を一度浮かせ、少しだけ思案するように視線を落とした。
「あの曲、人気だしお客さんもいっつも手拍子してくれたりするよね。あの裏で日向が走らせた”計算”って何?」
ライブでも定番になっている、アップテンポでノリの良い曲。私が少し身を乗り出して答えを待つと、日向は迷いのない手つきで、鍵盤にいくつかの明るい和音を落とした。
「……あれは、メインのコード進行は直球のメジャースケールだ」
タン、タン、と彼が弾く和音は、確かに私がライブで歌っている通りの、明るくてキャッチーな響きだった。
「観客が手拍子しやすいように、BPMも人間の心拍数より少しだけ早い、一番高揚感を感じやすいテンポに設定してる。表向きは、誰が聴いてもノリやすい『王道のポップロック』の皮を被せているからな」
「表向きは、ってことは……裏があるの?」
「当たり前だろ」
日向は事も無げに言ってのけると、突然、左手のベースラインの動きを滑り落ちるように半音ずつ下げていった。
さっきまで明るかった曲調の足元が、急にぐらぐらと揺らぎ、どこか不穏で切ない響きにすり替わる。
「サビに向かう直前のBメロ。ここで一瞬だけ、本来のスケールにはないディミニッシュ・コードをぶつけて、ベースをクロマチックで下降させてる」
「あ……」
「明るいメロディの裏で、土台だけが少しずつ沈んでいくような違和感。……大勢の歓声や手拍子の中にいながら、ふと猛烈な『孤独』や『焦燥感』を錯覚するように計算して組んだ」
日向の指先から紡がれるその不安定な和音を聴きながら、私は息を呑んだ。
”Nighthawks”ーー夜更かしする人々、あるいは夜鷹。
「……人が一番孤独を感じるのは、一人の時じゃない。うるさいくらいの喧騒の中にいる時だ。……だから、あえて一番明るいコードの裏に、その『ノイズ』を忍ばせた」
淡々と解説する彼の手元から、あの熱狂的なライブの中で歌う”Nighthawks”のメロディが流れる。
いつもなら観客の手拍子と笑顔に包まれるその曲が、彼の手にかかると、まるで「周りがどれだけ騒いでいても、自分だけはどこにも属していない」という、冷たくて深い孤独の叫びのように聞こえた。
「……日向って、本当に」
「なんだよ」
「……本当に、意地悪で、……寂しがり屋だね」
私がぽつりとこぼすと、日向は鍵盤を弾く手をピタリと止め、微かに目を見開いた。
図星を突かれた子供のように、ほんの一瞬だけ見せた無防備な表情。けれど彼はすぐにフイッとそっぽを向き、バツが悪そうに息を吐いた。
「……お前のその、理屈を飛び越えて直感で核心を突いてくるところ、正直やりにくい」
不満げな口調とは裏腹に、彼が最後に鳴らした和音は、どこか諦めたような、ひどく優しい響きを持っていた。

