合宿の三日目、昼下がりの休憩時間。
日向とシキが「少しアレンジの確認をする」と言って防音スタジオに残り、俺とサトルは二人で近くの自販機まで冷たい飲み物を買いに出ていた。
ジリジリとアスファルトを焦がすような日差しの中、サトルは買ったばかりのコーラの缶を額に押し当てて「あー、生き返る」と大袈裟に息を吐いた。
いつも通りの能天気な顔。けれど、スタジオに二人きりで残ったあいつらに対する態度の端々に、どこか無理をして蓋をしているような不自然さを感じていた。
「……サトルさ」
プシュッ、と微糖の缶コーヒーのプルタブを開けながら、俺はわざと視線を海の方へ向けたまま切り出した。
「最近、日向とシキがよく二人でいるの、気にしないわけ?」
サトルの動きがピタリと止まる。
蝉の鳴き声だけが、やけに大きく鼓膜を叩いた。
サトルは昔からシキのことが好きだ。高校時代からずっと彼女の隣でベースを弾き、誰よりも彼女の歌声を一番近くで聞いてきた自負があるはずだ。
それなのに、突然現れた『天才』に、バンドの主導権も、そしてシキの視線も、あっという間に奪われてしまった。気にならないわけがない。
沈黙の後、サトルは缶の飲み口を見つめたまま、自嘲するように短く笑った。
「……だってあれ、俺が勝てる男じゃねぇもん」
その声には、いつもの明るさは微塵もなかった。ただ、圧倒的な実力差を前に白旗を上げるしかない、等身大の男の諦めが滲んでいた。
「俺も、普通にすごいと思ってる。音楽はいいものを作るし、頭も切れる。かといって、変に偉そうでもない。俺らがふざけてても、呆れながらちゃんと付き合ってくれるし」
サトルはコーラを一口飲み込み、空を仰いだ。
「少しぐらい嫌な性格してくれればいいのに、目立った欠点なんてないだろ。あれで将来医者って……『優良株』って、あぁいうのを言うんだろうな」
「……まあな」
俺が短く同意すると、サトルは足元の小石をスニーカーのつま先で軽く蹴り飛ばした。カラカラと乾いた音がアスファルトに響く。
「……でもまぁ、苛つきはするよ」
ポツリとこぼれ落ちたその言葉が、サトルの本当の、一番純粋な本音だった。
「あいつ。俺が何年も欲しがって、どうしても手に入らないものを……いとも簡単に手に入れられるのに」
サトルの脳裏にはきっと、日向のディレクションに応えて、今まで見たこともないような熱を帯びた瞳で歌うシキの顔が浮かんでいるのだろう。
「微塵も興味なさそうなんだもんな」
ギリッ、と。サトルがアルミ缶を握りしめる音がした。
日向はシキの『声』には異常なほどの執着を見せるが、シキ『自身』の矢印には全く気づいていないか、あるいは意図的に無視している。
サトルからすれば、自分が喉から手が出るほど欲しい特等席に座りながら、その価値にすら頓着しない日向の態度が、どうしようもなく理不尽で、腹立たしいはずだ。
「……帰ろうぜ。あんまり休んでると、またあのプロデューサー様に怒られる」
サトルは無理やりいつもの笑顔を作ると、自販機の横のゴミ箱に空き缶を放り投げ、スタジオの方向へ歩き出した。
その少しだけ猫背になった背中を見つめながら、俺は何も気の利いた言葉をかけられず、ただ生温かくなった缶コーヒーを無言で煽ることしかできなかった。

