音に溺れる




ふと、横を歩くシキに視線を落とした。

「……いつもこんな朝、早いのか?」

「ううん。……なんか、目が覚めちゃっただけ」

シキは少しだけ恥ずかしそうに首を横に振り、それから、俺の顔を下から覗き込むようにして言った。

「ーー日向は、いつも朝早そうだね。……普通の大学生みたいに、一限に間に合わなかった、とかなさそう」

その無邪気な言葉に、俺は思わず歩みを止めそうになった。

彼女の瞳の中にある俺は、どうやら寸分の狂いもなくスケジュールを管理する、完璧で隙のない優等生として映っているらしい。

「……そう思ってるなら、それで結構だ」

俺は視線を前方に逃がし、わざと素っ気なく答えた。

実際は、友人に代弁を頼むこともあるし、悪友のアパートで深夜まで飲み会をやった後には、当然のように一限なんてスキップすることもある。俺だって、ただのしがない大学生の一人に過ぎないのだ。

だが、まぁ。彼女の……いや、世間一般の”医学生”という堅苦しい幻想を、わざわざ自分から壊してやる義理はない。

それに何より、彼女の前では『頼れる歳上の男』というメッキを被ったままでいたい。俺のダラけた日常の裏側なんて、彼女の抱く綺麗なイメージには不要なノイズだ。

そんな俺の内心の打算など知る由もなく、素っ気ない返事に納得がいかなかったらしいシキが、少しだけ唇を尖らせて隣に並んでくる。

「何それ。気になること言わないでよ」

じっと見上げてくるその瞳から逃げるように、俺は「気にするな」と短く返し、わざと少しだけ歩くペースを速めた。

自分の人間臭い部分をひた隠しにして、必死に完璧な仮面を貼り付けようとする自分が、なんだかひどく滑稽で、同時にどうしようもなく救いようがない気がした。