音に溺れる




海岸へと向かう道は、思いのほか急なコンクリートの階段になっていた。

一段一段の幅が狭く、潮風に晒された表面は少し崩れていて足元が心許ない。

先を下りていた俺はふと立ち止まり、後ろを振り返った。シキがスニーカーのつま先を気にしながら、慎重に階段を下りてくる。

少し躊躇ったけれど、ここで転ばれて怪我でもされたら面倒だ、というもっともらしい言い訳を頭の中で用意して。

「……気をつけて」

と、自分でも驚くほど不器用な動作で手を伸ばした。

「ありがとう」

シキは一瞬だけ目を丸くした後、ふわりと屈託なく笑って、俺の手に自分の手を重ねてきた。

その瞬間。手の中にすっぽりと、あまりにも簡単に収まってしまったその感触に、俺は微かに息を呑んだ。

(……小さい)

女の子なのだから当然といえば当然なのだが、それにしても華奢すぎた。

体温の伝わる指先には、弦を強く押さえてきた証である微かなタコのような固さが残っている。

(こいつ、こんな手でギター弾いてたのか……)

ステージ上で見せるあのパワフルな姿や、俺の無茶な要求にも必死に食らいついてくる芯のある声。そこから勝手にイメージしていた存在感と、今、俺の手の中にある物理的な『質量』があまりにも釣り合っていない。

この小さな手のひらで、あんな分厚い音を鳴らして、必死にギターのネックを握りしめていたのか。
その事実が、なぜか俺の計算式をまた一つ狂わせる。

なんだか急に、この手を少しでも強く握ったら壊れてしまうような得体の知れない焦燥感に駆られ、俺は無意識に指の力を緩めた。

「……ん?」

「……いや。足元、滑るからちゃんと下見ろ」

内心の動揺を悟られるのが嫌で、俺はそんな感傷を一切口に出すことはなく、わざとぶっきらぼうに視線を逸らした。

繋いだ手から伝わる鼓動を、ただ黙って波音の近づく海岸へと引いていった。