音に溺れる




昼休みの大学のカフェテリア。
喧騒の中でパスタをフォークで巻き取りながら、向かいの席に座る友人が、目を輝かせて身を乗り出してきた。

「ねぇ、あのピアノの日向って人、医大生なんでしょ? エリートだし、イケメンだよね!?」

「うん、まぁ」

「ほとんど毎週顔合わせて、好きになったりしないの?」

友人の無邪気な好奇心に、私は曖昧に笑ってストローを咥えた。

周囲から見れば、きっとそう見えるのだろう。才能溢れる医大生と、その彼が手掛けるバンドのボーカル。ドラマチックで、甘い青春の1ページ。

 
しかし、本当に、そういうのじゃ、ないのだ。

私と彼の間に、そんな甘っちょろい感情が入り込む余地なんてない。

一言で言うと彼は、隙がなさすぎる。

たまには冗談も言う。馬鹿にも付き合ってくれる。
誰よりも音楽的な才能があって、私に合う曲を魔法みたいに作ってくれる。頼れる私たちのリーダー。
それでいて、医者の卵というんだからまぁ完璧超人である。

彼はいつだって正しいし、いつだって完璧だ。

彼が弱音を吐くところも、誰かに頼るところも見たことがない。まるで、感情のスイッチを自分で自由にオンオフできる精密機械のようにすら思える。

手が届く存在じゃない。普段何を考えているのか、まるっきしわからない。

だから、恋なんて、できるはずがないのだ。

相手の心に触れられない恋愛なんて、ただの虚しい一人芝居でしかないのだから。