波の音と、サンダルがアスファルトを擦る音だけが、夜の静寂に溶けていく。
前を歩くサトルたちの背中が少し遠くなったのを見計らって、私は隣を歩く日向の横顔をそっと見上げた。
さっきまで頭の中でぐるぐると考えていたことが、無意識のうちにぽろりと口からこぼれ落ちていた。
「ーーねぇ、日向はどんな大人になりたいの?」
突然の唐突な質問に、日向は少しだけ目を丸くしてこちらを向いた。
私は慌てて、照れ隠しのように言葉を付け足す。
「なんとなく、気になっただけ。……いや、日向は……私からすると、今でも十分、大人なんだけどね」
自分でも何を言っているのか分からなくなって、誤魔化すように愛想笑いを浮かべる。
「なんだそれ」と笑い飛ばされるかと思ったけれど、日向は前を向いたまま、街灯の光を反射する暗い海を見つめて、真剣に思考を巡らせていた。
やがて、彼が静かに口を開く。
その声は、夜の空気にスッと馴染むような、低くて落ち着いたトーンだった。
「……家族とか、恋人。自分の大切な人を、守れる存在でありたいと思ってる」
ドクン、と。
『恋人』という単語に、心臓が勝手に跳ねた。
彼が思い描くその場所に、一体誰の顔があるのだろうかと、一瞬だけ胸の奥がざわつく。
けれど、彼から発せられる熱は、そんな甘い感傷をかき消すほどに切実で、どこか悲壮感すら漂っていた。
「……どんなことがあっても、誰に対しても。自分に寄せてくれた信頼を裏切るような真似は、したくない」
それはまるで、過去の誰かーー彼がかつて絶望した大人ーーを強烈に否定するための、呪いのような誓いにも聞こえた。
綺麗な言葉だけを並べて、現実の責任からは逃げ続ける無責任な大人には絶対にならない。
自分を信じてくれた人間を、理不尽な運命や言い訳から必ず守り抜く。
そのために彼は、音楽という夢を切り捨ててでも、医学という確実な『力』を手に入れようとしているのだ。
彼の根底にある、血を吐くような誠実さと、強すぎる責任感。
私は彼の言葉の重さに圧倒され、ただ黙ってこくりと頷くことしかできなかった。
やっぱりこの人は、私が逆立ちしても敵わないくらい、ずっと大人だ。
「……日向なら、絶対になれるよ。そういう大人に」
私が小さな声でそう言うと、日向はほんの少しだけ驚いたように目を見開き、それから、困ったように優しく微笑んだ。
「そうだな。……なれないと、困る」
彼が背負っているものの正体を、私はまだ何も知らない。
けれど、街灯の下に伸びる彼の長い影を踏まないように歩幅を合わせながら、私は彼の思い描く『守りたい大切な人』の枠の中に、少しでも長く留まっていたいと、我儘に願ってしまっていた。

