定食屋を出ると、夜の海風が少しだけ生温かく頬を撫でた。
前を歩くサトルとマサキの他愛のない笑い声を聞きながら、私は少し後ろを歩く日向の背中を見つめ、先ほどの彼の言葉を頭の中で静かに反芻していた。
先のこと。……このバンドが、終わった後の、こと。
日向と、一緒にはいられなくなった後の、話。
音楽をやめて、スーツを着て普通に働いている自分の姿なんて全く想像できないし、特に今この瞬間、彼と音楽を楽しむ以外にやりたいことなんて、今はどうしたって思いつかない。
私は、多くの『大学生』と呼ばれる人種がそうであるように、例外なく大人になりたくなかった。
モラトリアムというぬるま湯にずっと浸かっていたいし、『責任』なんて言葉はできるだけ遠ざけて生きていたかった。永遠に続く夏休みの中で、ただ好きな歌だけを歌って、笑っていたい。
でも同時に、日向の年齢以上に大人びた瞳に、あの落ち着いた声に、どうしようもなく憧れに似た感情を抱いているのだから、ひどく矛盾していると思う。
どんな大人になりたいか? と聞かれたら、多分私は「彼みたいになりたい」と答える。
自分にも他人にも厳しいけれど、決して誰かを容赦なく見捨てたりしない。口では冷たいことを言いながら、本当は誰よりも周りを見ていて、裏方の苦労を背負い込んでくれる。
優しくて、強くて。
そして、迷っている誰かをそっと、一番正しい場所へ導けるような人に。
「……どうかしたか?」
不意に日向が立ち止まり、振り返って私を見た。
街灯に照らされたその静かな瞳に射抜かれて、心臓がトクリと跳ねる。
「ううん、なんでもない」
私は誤魔化すように首を横に振り、小走りで彼の隣に並んだ。

