音に溺れる




ようやく始まった三泊四日の夏合宿は、想像していた通り、ただ「楽しい」だけのものではなかった。

コテージに併設されたスタジオに機材を運び込み、さっそく音を鳴らし始めたものの、そこにはサークル特有の和気藹々とした空気など微塵もない。

「マサキ、そこ走ってる。キックとベースの縦のライン、もっときっちり合わせろ。シキ、Bメロの入りが甘い。ピッチ探りながら歌うな」

日向はキーボードの前に座ったまま、冷徹なプロデューサーの顔で容赦なくダメ出しを繰り返した。

特に、合宿初日に初めて全員で合わせた新曲は、テンポの変化とコード進行が複雑で、ギターフレーズの難易度も過去一だった。

「ごめん! もう一回頭からやらせて!」

声を上げ、何度も演奏を止めてしまう。

その度に日向はため息一つ吐かず、「ああ、何度でもやれ。合うまで進まないからな」と淡々とカウントを取り直した。

エアコンは効いているはずなのに、全員の熱気で室内の温度はどんどん上がっていく。

防音素材特有の、少しゴムっぽい匂いが立ち込める密閉されたスタジオの中で、私たちはただひたすらに一つの音の塊を作るためだけに神経をすり減らした。

喉が渇く。指先が痛い。息が上がる。

それでも、時間はあっという間に過ぎていった。
苦しいはずなのに、誰一人として「休もう」とは言わない。彼が求める完璧な音楽のピースとして、自分たちの音がカチリと嵌まる瞬間の麻薬のような快感を知ってしまったからだ。

ふと、昼間の車内で皆で立てた目標が頭をよぎる。
『確実にバンドとして、演奏のクオリティが上がったと実感できること』

初日の夜にして、私たちはすでに限界まで追い込まれている。

けれど、ドラムとベースのグルーヴがピタリと重なり、そこに私の声が迷いなく乗った時、日向の弾く和音がこれまでにないほど鮮やかに響き渡った。

(……すごい。私たち、本当に)

それは、間違い無く達成できるだろうという予感が、早くもあった。

この過酷で濃密な夏合宿が終わる頃には、私たちは今までとは違う、新しい次元のバンドになれる。日向の求める景色に、きっと手が届く。

マイクを握る手にぐっと力を込め、私は再び彼のカウントに合わせて息を吸い込んだ。