音に溺れる




1ヶ月は、本当にあっという間に過ぎた。

友達との約束やバイト、スタジオ練習といった予定を次々に消化し、代々木公園でのライブも無事盛況ののちに終える事が出来ていた。

「イベントお疲れ様。よく盛り上がってたって、主催者にも褒められたし、いいステージだったと思う」

いつものスタジオ。練習前のミーティングで、日向はホワイトボードの前に立ち、キャップのついたペンを回しながら淡々と労いの言葉を口にした。

普段は厳しいダメ出しが多い彼からのストレートな評価に、マサキとサトルが嬉しそうに顔を見合わせる。

「来週の合宿だけど、ざっと予定考えてみた」

日向は手元のスマホを操作し、バンドのグループチャットにスケジュール表を送信した。

「割と詰まってるから、何か意見あればちょうだい。……俺はやっぱり、適度に抜くのが苦手だ」

少しだけバツが悪そうにそう付け加える彼を見ながら、私は手元のスマホに送られてきたPDFファイルを開く。

そこには、朝から晩まで分刻みで『個人練』『リズム隊合わせ』『全体アレンジ』といった文字がびっしりと書き込まれていた。

海沿いのコテージに行くというのに、キラキラした大学生バンドの夏合宿感は微塵もない。音楽強化合宿、いや、もはや修業の域だ。

「はい、夜花火したい」

沈黙を破って手を挙げたのは、サトルだった。
このガチガチのスケジュール表を前にして、一切物怖じせずに遊びの提案をねじ込んでくるメンタルは流石だ。

日向はサトルの言葉に、少しだけ毒気を抜かれたように苦笑した。

けれど、決して嫌そうではなかった。

「いいよ。今日、練習終わったら夜ドンキ買いに行こうか」

「っしゃ! 打ち上げ花火も買っていい?」

「コテージの規約確認してからな」

たしなめるお父さんのような日向の返しに、スタジオに小さな笑いが起こる。
和んだ空気に背中を押され、私も勢いよく手を挙げた。

「はいはーい。じゃあ、希望者だけでいいから、日向講義してよ」

「講義?」

「音楽理論。なんだかんだ、教えるの得意でしょう


私がそう言うと、日向は少しだけ目を丸くして、ホワイトボードの前に立ったまま固まった。

今まで、彼が持ち出してくる難解なコード進行や音楽理論の理屈を「感覚で歌うから無理」と煙たがっていたのは私だ。その私が自ら教えを乞うなんて、彼にとってはよっぽど意外だったのだろう。

「へぇ……。シキがそんなこと提案するとはな」

日向は少しだけ面白そうに目を細め、ペンでホワイトボードの端をコツコツと叩いた。

「いいよ。夜、毎日1時間くらい枠取ろうか。……覚悟しとけよ、俺の授業は厳しいからな」

からかうように笑うその顔は、いつもの冷徹なプロデューサーではなく、ただ純粋に自分の好きなものを共有できることを喜んでいるような、年相応の男の子の顔だった。