防音扉の向こうの茹だるような暑さが嘘のように、ひんやりと冷房の効いたスタジオ内。
ドラムとベースの音が止み、静寂が落ちた直後、マイク越しに日向の冷静な声が飛んできた。
「シキ、そこの部分はもう少し抜け感のある声でーー」
キーボードの前に座る彼が、いつものように淡々と、けれど妥協のないディレクションを出してくる。
それは、私というボーカルの特性を誰よりも理解し、一番綺麗に響く音を計算し尽くしているからこその要求。
(そうだ。何も不満に思うことなんかない)
胸の奥で、小さく自分に言い聞かせる。
私は彼の作る曲を、世界で一番上手く歌えるボーカルで。
彼と同じ音楽を作り上げる同志だ。
「えー、ここはちゃんと歌詞聞いて欲しいんだけどなー。サトルとマサキはどう思う?」
私は少しだけ口を尖らせ、マイクスタンドに寄りかかりながら後ろのリズム隊に話を振った。
「んー? 俺はどっちでもいいけど、シキの圧が強いのも好きだよ」と笑うサトルと、「いや、日向の言う通り抜いた方がベースは絡みやすい」と真面目に返すマサキ。
そんな他愛のないやり取りをしながら、私はふと、キーボードに肘をついて私たちを見ている日向の横顔を盗み見た。
夏休みに入ってからというもの、バンドの事務連絡やアレンジの相談で、ほとんど毎日連絡を取っている。
こうして毎週のように顔を合わせ、同じスタジオで音を鳴らし、帰り道には一緒に他愛のない話をして。
『普通の大学生』の夏休みを、彼と共有できている。
もし、彼の視線の先に、私の知らない別の誰かがいたとしても。
私が彼の要求に応え、120点の歌声でフレーズを歌い上げる事が出来た時。
彼がふと見せる、あの最高に心地よさそうで、満足げな表情。
あの熱を帯びた顔を引き出せるのは、きっと他の誰でもない、私だけだから。
今はまだ、この一番近くにある『同志』という特別席にいられるだけで、十分に幸せだった。

