夏休みが本格的に始まった。
始まった直後に発表された前期試験の結果は、日夜自習室に缶詰した甲斐もあって、すべて一発で合格を勝ち取ることができた。これで追試に追われることのない、完全な夏休みが確定した。
よって、俺の予定はバンド活動と、週に二日入れている結婚式場でのピアノ演奏のアルバイト、そしてたまの友人との息抜き等で、パズルのように隙間なく埋まっていった。
そして、迎えた8月10日。
うだるような暑さと、容赦なく照り返すアスファルト。周囲を埋め尽くす浮かれた群衆の熱気。
「ね、私、次これ行きたいなぁ〜! 新しくできたアトラクション」
ポップコーンの甘い香りが漂う人混みの中で、シキがパークのガイドマップを指差しながら、いかにも年相応の女の子らしいはしゃいだ声を出す。
「えー、それすごい並んでね? 俺あれが良いな、夏だしすげー濡れるやつ!」
首からタオルを下げたマサキが、顔をしかめながら反対案を出す。
「どっちにしろ並んでるだろ。せっかく来たんだし、シキに賛成」
サトルが日陰で涼しい顔をしながら、あっさりとシキの肩を持った。
二対一。俺は手元のスマートフォンで待ち時間アプリを確認しつつ、顔を上げずに言った。
「俺も何でもいいと思ってるから、シキに同意にしとく」
「げー! でた、ボーカル贔屓!」
マサキが大袈裟に両手を上げて天を仰いだ。
「贔屓でも何でもない。バンドの機嫌はボーカルの機嫌で決まるんだから、シキのモチベーションを保つのは論理的に正しい選択だろ」
俺が淡々と事実を述べると、マサキは「うわー、理屈っぽ!」とさらに顔をしかめた。
サトルはくすくす笑っているし、当のシキは「やったー!」と無邪気に両手を叩いて喜んでいる。
そのシキの屈託のない笑顔を見ながら、俺は内心で小さく息を吐いた。
(……まぁ、悪くない)
炎天下で何十分も列に並ぶなんて、普段の俺なら絶対に選ばない。
けれど、こうして馬鹿みたいに騒いでいるこいつらを見ていると、たまにはこういう無駄な時間も悪くないと思えた。
(そういえば……水瀬にも、礼言っとかないとな……)
ふとそんな思考が一瞬過ぎる。
こうやって試験を追試ゼロで突破できたのは間違いなく彼女が俺に惜しみなく提供してくれた過去問の山があってこそだ。
彼女は東医体で夏は忙しいと言っていたけれど、1日ぐらい食事に誘ってもーー
「おーい日向! 早く並ぼうぜ!」
マサキの声にハッとして顔を上げる。
俺は自分の思考のノイズを振り払うようにスマートフォンをポケットにしまい、シキが指差したアトラクションの列へと、三人の背中を追って歩き出した。

