音に溺れる




キュッ、キュッ、とリズミカルなマーカーの音がスタジオに響く。

日向はホワイトボードに先ほどの意見を素早くまとめ上げ、最後にキャップをカチリと閉めて振り返った。

8/10 ディズニーランド
8/24 代々木公園 ロックイベント
9/1-5 湘南 コテージ貸切合宿
(9/4 夜は鎌倉駅で路上ライブ。許可等はシキがやれ。俺は一切関与しない)
9/15 下北沢shelter w/ ocean knock

「……こんな感じ?」

書き上がった真夏のスケジュール表を指さして、日向が問う。

「異論なーし」

マサキがパイプ椅子の上でぐーっと背伸びをしながら、満足げに即答した。サトルも笑いながら親指を立てている。

確かに、インディーズバンドの夏としてはこれ以上ないくらい充実していて、完璧なスケジュールだ。

ただ、一つだけどうしても言いたいことがあった。

「いいけど、四行目ひどくない? 少しぐらい手伝ってよ」

私はホワイトボードの『俺は一切関与しない』という冷たい一文を指差して、抗議の声を上げた。

路上ライブを合宿中の夜に組み込んでくれたこと自体は嬉しいけれど、突き放し方がいかにも彼らしい。

私の抗議に対して、日向は腕を組み、心底呆れたように目を細めた。

「お前らがいっつも俺に、ハコのブッキングやら面倒な交渉やら押し付けてるのは酷いとは言わないのか」

「あれ、日向が好きでやってるんでしょ?」

私がわざとらしく首を傾げて言い返すと、日向は「はぁ?」と分かりやすく眉間に皺を寄せた。

「誰が好き好んであんな面倒な作業やるか。お前らがポンコツすぎて任せられないから、俺が管理してるだけだ」

「はいはい、有能すぎるリーダーのおかげで今日もバンドが回ってますー」

私が適当に拍手を送ると、サトルとマサキも乗っかって「よっ!」「さっすが!」と囃し立てる。

日向は「お前らな……」と頭を抱えながらも、本気で怒っているわけではないのが分かった。その口元は、呆れ半分、諦め半分で、微かに緩んでいたからだ。

文句を言いながらも、結局彼は私の「路上ライブをやりたい」という突拍子もない提案を、合宿のスケジュールの中にちゃんと組み込んでくれた。

そういう彼の不器用で分かりにくい優しさに触れるたび、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

(……この夏は、ただのボーカルとして、思いっきり楽しもう)

ホワイトボードに書かれた『ディズニーランド』の文字を見つめながら、私は密かに決意した。

女の子としての未練は、一旦全部鍵をかけて心の奥底に沈めておく。彼が「遊ぼう」と言ってくれたこの貴重な夏休みだけは、ただの気の置けない仲間として、彼の一番近くで笑っていたい。

エアコンの冷たい風が吹き抜けるスタジオの中で、私たちの、人生で一番熱くて青い夏休みが始まろうとしていた。