ひどく苦く感じたアイスコーヒーを飲み下した私を、サトルは静かな、けれど確かな熱を持った瞳で見つめ返してきた。
「お前さ、ちょっと卑屈になりすぎ」
「……え」
「日向だって、お前の言葉選びをある程度信頼してるから、完全に歌詞任せてるんだろ」
サトルの言葉は、嫉妬で濁っていた私の頭に、冷たい水をかけてくれるようだった。
でも、素直に頷くことはできなくて、私はストローの袋を指先でくしゃくしゃに丸めながら口を尖らせた。
「……ダメ出し、すごい食らうけどね。ここは絶対『い』から始まる母音の言葉にしろ、とか。サビ前のここは濁音を使うな、響きが濁る、とか」
文句を言いながらも、日向のその偏執狂的なまでのこだわりを思い出すと、少しだけ胸の奥がチクリと痛む。
彼は私の紡ぐ言葉の『意味』よりも、ただ自分の曲のピースとしてハマる『音』としての響きだけを求めている。やっぱり私は、彼にとってのシンセサイザーやギターと同じ、ただの楽器でしかないのだと突きつけられる瞬間でもあったから。
けれど、サトルはふっと息を抜いて笑った。
「それは、あいつが『音』の観点で評価してるだけで。……別に、お前の書いた言葉の『意味』や『世界観』そのものに関しては、今まで何も文句言ってないだろ」
「あっ……」
言われてみれば、そうだった。
『もっと明るい歌詞にしろ』とか『ここの表現が気に入らない』といった、感情や意味に対するダメ出しをされたことは、これまで一度もない。
彼はただ「音の響き」の条件を指定してくるだけで、「そこに何を乗せるか」は、完全に私に委ねてくれている。
「日向の顔色ばっか窺ってっから、行き詰まるんだよ」
サトルはメロンソーダのグラスを置き、まっすぐに私を見た。
「もう少し、日向がどうとか、あいつが何を求めてるかじゃなくて。完全に自分が、あの曲を聞いて感じたこと、そのまんま書き出してみれば?」
『自分が、感じたこと』。
その言葉が、すとんと胸の奥に落ちてきた。
私はずっと、日向の作ってくれた完璧な音楽を壊さないように、彼に褒めてもらえるように、「彼にとって正解の言葉」ばかりを探していた。
彼を怒らせないように息を潜める、ちっぽけな信者のように。
でも、本当に私が歌うべきなのは。
この、彼に届かない苦しさや、どうしようもなく息が詰まるようなヒリヒリとした感情そのものなんじゃないか。
日向が作った、冷たくて無機質なデモ音源。
そこに、私のこの泥臭くてみっともない感情を、そのままぶつけてしまえばいい。
「……そっか」
私は丸めていたストローの袋から手を離し、ゆっくりと顔を上げた。
「うん。……そうだね。日向の曲だけど、歌うのは私だもんね」
「そうそう。あいつの曲を、お前の言葉で乗っ取ってやるくらいのつもりで書けばいいんだよ」
サトルが満足そうに笑って、ドリンクバーのグラスを傾けた。
彼のおかげで、重く立ち込めていた霧が少しだけ晴れた気がした。
私はもう一度、頭の中で日向のデモ音源を再生する。
まだ何の色もついていないその曲に、今なら、私だけの強烈な色を叩きつけられる気がした。

