日向が機材の運び出しで席を外した直後。
ロビーには、重くて不自然な静寂が落ちていた。
「彼女じゃねぇの」
段ボールのフラップをガムテープで閉じながら、サトルは手元に視線を落としたまま、ポツリとこぼした。
「え……」
「……医学科の同期ってのも嘘じゃないんだろうけど。最近よく休憩時間、誰かとLINEしてるの見るし」
サトルの言葉が、冷たい刃のように私の胸の奥の柔らかい部分をゆっくりと抉っていく。
そうだ。最近そんな話を聞いた。
でも、私は、仕事の話なんじゃないのか、とどこかで期待していた。
「あはは……」
気づけば、私の口からひどく乾いた、空っぽな笑い声が漏れていた。
「日向、かっこいいもんね。頭もいいし、ピアノもあんなに弾けるし……そりゃあ、彼女の一人や二人、いるよね」
痛い。
自分で口にした言葉なのに、息をするのも苦しいくらいに痛かった。
『ただのボーカル』である私が、あのリーダーのプライベートに踏み込む権利なんてない。物分かりのいいバンドメンバーのふりをして笑うしかないのに、顔の筋肉が強張って、うまく笑えている気がしなかった。
そんな私の不格好な強がりを、サトルは咎めるでもなく、ただ静かに見つめていた。
そして、ガムテープのロールを床に置き、ゆっくりと立ち上がって私と正面から向き合った。
「……さっきの話さ」
「え?」
「ロビーで、お前が言ってたこと」
サトルの低くて穏やかな声が、ささくれ立った私の心に真っ直ぐに届く。
『分からないんだよね。好きって、何?』
さっきの私の残酷な問いかけを、サトルは優しく、けれど絶対に逃げられないように突き返してきた。
「お前がそれで嫌な気分になるんなら、やっぱり、そういうことなんじゃないのか」
「……っ」
言葉に詰まり、私は反射的に俯いた。

