その瞬間、彼は先ほどの『普通の男の子』の顔を消し去り、いつもの完璧で隙のない『私達のリーダー』の仮面を被り直していた。
「……シキ。悪い。打ち上げ、今日途中で抜けていいか」
真っ直ぐに歩み寄ってきた彼から告げられた言葉に、私は息を呑んだ。
「……え」
「ごめん。医学科の同期に、先輩との飲み会誘われた」
日向は微かに視線を逸らし、淡々と、用意していた言い訳を並べ立てた。
「……前も少し話したけど、俺あんまり縦の繋がり持ててないから、乗れる話は乗っておきたいんだ。今後のキャリアのこともあるし」
如何にもな、彼らしい『利益と論理』を盾にした正当な理由。
いつもなら「日向らしいね」と笑って送り出せたはずだ。けれど、今の私の耳には、そんな立派な言い訳は一つも入ってこなかった。
医学科の同期? 先輩との飲み会?
……嘘だ。
彼は今、そんな論理的な理由じゃなくて、ただあの子に――『水瀬』という女の子の我儘に振り回されたから、私たちの打ち上げを蹴って行くんじゃないんだろうか。
胸の奥に、冷たい泥がぬちゃりと広がるような感覚がした。
でも、私にそのことを訊ける権利なんて、一ミリも存在していなかった。
「……うん、わかった」
私は、自分の声が震えていないことだけを祈りながら、無理やり口角を上げて頷いた。
「いいよ、気にしないで。今日のライブは大成功だったんだし、日向も自分の付き合い優先して」
「……悪い」
短く謝罪を口にすると、日向はすぐに切り替えたようにサトルの方を向いた。
「サトル。……シキが酒、煽られすぎないようにだけ頼む。明後日もレコーディングあるんだ、喉を潰されたら困る」
「……あぁ、わかってるよ」
サトルが、少しだけ険しい顔で日向を見つめ返し、そう答えた。
『喉を潰されたら困る』。
最後まで彼は、私を『大切なボーカル』としてだけ扱っていた。
彼の声からは、先ほどの電話口のような甘さは微塵も感じ取ることが、出来なかった。

