音に溺れる




御崎日向は、面白い男の子だと思う。

少なくとも、今まで私が関わってきた男の子たちとは、少し違う。

私に興味がないような冷たい顔をしておきながら、少しからかうとすぐに耳の先まで赤くする。


私には、別に寄ってくる男の子なんて山ほどいるし、正直なところ、もっと自信家で野心家の、恋愛というある意味知的なゲームを楽しめるような、いかにも『男の人』らしい堂々とした人が好きだった。

御崎君は、そういう私の本来のタイプではない。
斜にかまえて虚勢を張っておきながら、内心はひどく繊細で。完璧な理論を好みながらも、どこかで非情になりきれない甘さがある。

正直、一言で言うと『可愛いな』と気に入っている自分がいた。

「……これ」

先ほどのやり取りの後、結局折れた彼が、渋々とノートの切れ端に書いて寄越したInstagramのID。
私は講義中にもかかわらず、教授の目を盗んで手元のスマートフォンにその文字列を打ち込んだ。

検索結果の一番上に表示された『sound jam official』のアカウント。

そこには、昨日行われたというライブの短い動画がリールで掲載されていた。

イヤホンを片耳だけつけ、再生ボタンをタップする。

昼下がりの屋外のライブステージ。
そして、切り裂くようなギターの音と共に、御崎君が弾く冷たくて美しいキーボードの旋律が鼓膜を震わせた。

画面の中で一際目を引いた存在がいた。
ステージの中央でマイクを握りしめ、痛切な声で歌い上げる、ピンクベージュの可愛い髪色をした女の子。

(……シキって。男の子かと思ってたけど、女の子だったんだ)

小さく息を呑んだ。

だって彼は、普段ひどく親しげに、ある意味乱暴とも言えるほど気軽に、その名前を呼んでいたから。てっきり、気の置けない男友達の一人なのだとばかり思っていた。

『本当に……透明感があって、すごくいい声なんだよ』

いつか、バンドをやっていると初めて彼が私に零した時。

あの普段は鉄面皮の彼が、まるで宝物を自慢するような、恍惚感すら漂わせた表情で漏らした台詞が脳裏に蘇る。

あの熱を帯びた瞳の先にいたのは、こんなにも華奢で、危うげで、魅力的な女の子だったのか。

画面の中の彼女は、私が絶対に持っていない『不完全さ』を武器にして、御崎君の作った音を見事に乗りこなしている。

大学ではあまり積極的に誰かと群れることをせず、私に対してすら一定の壁を作っている彼が。この小さな女の子に対してだけは、自分の内側にある最も純粋な熱を惜しげもなく注ぎ込んでいる。

……そう気づいた瞬間。

自分でも驚くくらい、モヤっとした感情が、一瞬胸を掠めた。

(なに、今の)

私は無意識に眉をひそめ、スマートフォンの画面を伏せた。

ただの同級生。ちょっと面白いから構っているだけの、可愛い男の子。そうやって余裕ぶっていたはずの自分の足元が、ほんの少しだけ揺らいだような気がした。

隣の席を盗み見ると、当の御崎君は、二日酔いの頭痛に耐えかねて完全に机に突っ伏し、静かに寝息を立てている。

「……生意気」

私は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、彼が書いたノートの切れ端を、自分の手帳の奥深くにそっと挟み込んだ。