その日に限って、よりによって1限から必修の講義だった。
階段教室の前方。スクリーンに映し出された細かい解剖図と、教授の単調な声が、二日酔いの脳髄を容赦なくガンガンと殴りつけてくる。
「……っ」
俺は襲ってくる吐き気と頭痛を必死に噛み殺しながら、机に突っ伏しそうになる体をどうにか支えていた。
視界の端がぐらぐらと揺れる。ノートをとるペン先は震え、もはや自分が何を書いているのかすら怪しい。
「御崎君。……なんか体調悪い? 大丈夫?」
隣の席から、呆れたような、けれど微かに心配するような水瀬の小声が降ってきた。
俺は顔を上げることもできず、机に額を擦り付けるようにして、呻くように白状した。
「……テキーラ、一気飲みした……」
「は?」
水瀬のペンがピタリと止まる気配がした。
「何それ。なんでそんな陽キャ大学生みたいな真似してるの? 御崎君のくせに」
「……違う。シキのせいだ……」
こめかみを強く押さえながら、昨夜の地獄のような打ち上げの光景を思い出す。
対バン相手の先輩バンドのタチが悪く、ターゲットにされたシキがグラスを押し付けられていたのだ。
「あいつが、先輩バンドに乗せられて、打ち上げで煽られてやがるから……代わりに全部飲んでやったんだ……。少しは自衛しろってんだ、マジで……」
あいつは喉が命だというのに、断りきれずにヘラヘラ笑って受け取ろうとするから。
見かねた俺が横からグラスを奪い取り、ショットグラスを煽る羽目になった。おかげで帰りの記憶はほとんどないし、今も胃袋の中が燃えている。
俺の恨み節を聞いた水瀬は、数秒の沈黙の後、肩を震わせて小さく吹き出した。
「ふふっ……なにそれ」
「笑い事じゃ、ない……」
「庇ってあげたってこと? 優しいのね。すっかり保護者だ」
からかうような水瀬の声には、嫌味は一切含まれていなかった。
むしろ、俺の不器用すぎる「身内の守り方」を、微笑ましいものを見るような目で楽しんでいる。
「……保護者じゃない。あいつはバンドの備品だ。喉を潰されたら俺の曲が困るから、物理的に排除しただけだ……」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる」
強がりの理屈を並べても、水瀬には完全に透けて見えているらしかった。
彼女は机の下で、自分のカバンをごそごそと探ると、「ほら」と冷たいペットボトルの水と、ロキソニンのタブレットシートを俺の机の端にそっと置いた。
「これ飲んで、今日はもう寝てなよ。ノートはあとで写させてあげるから」
「……悪い」
「その代わり、今度の実習のレポート、手伝ってもらうからね」
彼女はそう言ってウインクすると、何食わぬ顔で再び教授の板書に視線を戻した。
俺は熱を持った顔を机の冷たい天板に押し当てながら、水瀬の横顔を盗み見た。
俺の情けない姿を見ても幻滅するどころか、的確な処方箋を出して面白がってくれるこの距離感が、二日酔いの体にはどうしようもなく心地よかった。

