「……ありがとう、日向」
テキーラの強い匂いが漂う中、シキが申し訳なさそうに、ぎこちなく笑って見上げた。
度数の高い酒を一気飲みしたというのに、日向は顔色ひとつ変えていない。彼は手元のグラスをテーブルの端に押しやると、シキの感謝を冷たく遮った。
「いい。……大したことない」
淡々とした声色。そこに『守ってやった』というような恩着せがましさや、熱は微塵もなかった。
「ただ、俺だっていつも見てるわけじゃない。少しは自衛してくれ」
突き放すような、けれど的確すぎるその忠告に、シキが少しだけ肩をすくめて「……ごめん」と俯く。
それ以上慰めることも、甘やかすこともせず、日向はスッと席を立った。
「……主催者に挨拶してくる」
彼が踵を返して歩き出すのを、俺はただ黙って見送ることしかできなかった。
「俺が代わりに見ててやるよ」なんて、どの口が言えるというのか。いざという時に足がすくんで、何もできなかったくせに。
遠目から見る日向は、ライブハウスの大人たちが集まるテーブルに混ざり、グラスを片手に談笑していた。
先ほどシキを庇った時に見せた、あの氷のように鋭い凄みは完全に消え失せている。代わりに彼の顔に張り付いていたのは、相手の懐に入り込むための、ひどくビジネスライクで完璧な笑みだった。
……すげぇな。
本当に、敵わない。
喧嘩の腕力とか、楽器のテクニックとか、そういう次元の話じゃない。
状況を瞬時に判断して、汚れ役も、交渉役も、すべて一人で完璧にこなしてしまう。俺たちと同じ学生のはずなのに、生きているステージが違いすぎるのだ。
シキの目が、俺ではなく彼を追ってしまうのも。
あの完璧な男が、シキの『声』だけには執着して、俺たちの手の届かない場所で音楽を作り上げているのも。
全部、仕方のないことなんだと。
そう認めざるを得ない自分の無力さが、アルコールの回った頭をどこまでも鈍く殴りつけていた。

