音に溺れる



ピンク色の髪を揺らして笑うシキを挟んで、その後もしばらくいろんな話をした。

俺たちが、日向以外は高校の同級生であること。
シキと俺は、もっと昔からの幼馴染であること。
それから、バンドとしての今後の目標や将来の話など、話は多岐に渡った。

俺たちがこれまで地道に積み上げてきたスリーピース時代の泥臭い歴史を話すと、向かいに座る先輩バンドマンは「そういうの嫌いじゃないよ」と目を細め、上機嫌でジョッキのペースを上げていった。

やがて酒が完全に回ったのか、先輩は顔を真っ赤にして、バン!とテーブルを叩いた。

「いいね! 絶対売れるよ君たち! ねぇ今度一緒にライブやろう!?」

などと大声で叫びながら、先輩は自分の足元に置いてあった、やたらに度数の高そうなアルコールの匂いがする酒瓶をドンと持ち上げた。

そして有無を言わさぬ勢いで、シキの空になっていたグラスに、なみなみと液体を注ぎ始めた。

「あ、ちょ、ちょっと待ってください先輩。シキはあんまりお酒強い方じゃ……」

「えー、いいじゃん打ち上げなんだから! ボーカルの喉をアルコールでドカンと消毒してやろうぜ! ほら、乾杯!」

俺が慌てて止めに入ろうとしたが、完全に出来上がっている男の力は思いのほか強く、シキの手元に無理やりグラスが押し付けられる。

ツンとした、テキーラか何かの強烈なアルコール臭が鼻を突いた。あんなものを一気飲みさせられたら、シキは一発で潰れてしまう。

「あ、えっと……ありがとうございます……」

場の空気を壊すまいと、シキが引きつった愛想笑いを浮かべながら、そのグラスに両手を添えたのが見えた。

(やべ。止めないと)

咄嗟に腰を浮かせかけたものの、俺の体はそこからピタリと動かなくなった。

相手は界隈で顔が広く、下手に逆らえば今後のライブハウスでの繋がりに響くかもしれない先輩バンドだ。ただでさえペーペーの俺が、この場の空気をぶち壊してまで割って入る勇気は、出なかった。

「やめてください。こいつまだ、19なんで」

張り詰めた空気を切り裂いたのは、氷のように冷たく、それでいてよく通る日向の声だった。

いつの間にかシキの隣に立っていた日向は、男が無理やり持たせたグラス――とびきり度数が高そうな、テキーラだった――を横からスッと奪い取った。

そして、有無を言わせぬ凄みを含んだ視線で男を射抜きながら、代わりに自分が、と言いたげにその強い酒を一息に煽った。

ドンッ、と空になったグラスがテーブルに置かれる。
男は日向の静かな迫力に完全に気圧されたように、「あ、ああ……ごめん」と引き攣った笑いを浮かべた。

すると日向は、そこですっと表情を切り替えた。どこか含みのある、営業用ともとれる完璧な笑顔を作ると、目の前の男性によろしくと言うように、握手を求める手を伸ばした。

「Sound Jamの御崎日向です。ーーうちのボーカルを気に入ってくださったようで何よりです」

「あ……あー!君が日向君?さっき話聞いてたよー、なんか頭いい大学通ってるんだってー?」


……なんだよ、あれ。

助けられたシキが、ホッとしたような、感きわまったような顔で日向を見上げている。俺はそれを、ただ隣の席から見ていることしかできなかった。

年長者としての貫禄、なんだろうか?

いや、違う。俺がシキより一歳年上だったとして……仮に今の日向と同じ年齢だったとしても、あんな風に、格上の先輩相手に一切怯むことなく、威厳のある牽制ができる気がまったくしない。

こいつは、一体どんな人生を送ってきたんだろう。

背筋の伸びた立ち振る舞いも、感情を読ませない底知れない表情も。俺の周りに普段いる、ノリと勢いだけで生きているようなバンドマンたちとは、何もかもが違っている。

自分がひどく子供で、ちっぽけな存在に思えた。

日向という男の背中を見ていると、俺のシキへの想いすら、ただの「ガキの我儘」みたいに薄っぺらく感じてしまう。それが何よりも、死ぬほど悔しかった。