時刻は、午後8時を回っていた。
スタジオの蛍光灯が、少しだけチカチカしている。
打ちっぱなしの壁に音が跳ね、コーヒーの匂いとケーブルのゴムの匂いが混じる。
いつも通りの空気。けれど、練習前のこの時間だけは、少しだけ張りつめる。
「まず、報告」
練習開始前のミーティング。
ノートパソコンから顔を上げて、日向がそう声を張った。
「Instagramのフォロワー、500人超えた」
「おおっ、マジか!」
思わず声が出た。
「すごいじゃん、やったね!」
スタジオの片隅のアンプの上に置かれた缶コーヒーから、
かすかに湯気が立っている。
こんな何気ない報告でも、ちょっとした節目みたいで嬉しかった。
私たちは、4人組のインディーズロックバンドだ。
ボーカル兼ギターが私、湊 四季。19歳、大学経済学部1年生。
「俺の個人のInstagramなんて、50人ぐらいなのに!」
と騒いでいるのが、ベースの憬。
IT系の専門学校に通っていて、ノリと勢いで生きてるタイプ。
私の幼馴染でもある。
「おまえのインスタ、ナンパ用じゃなかったんだな」
とからかうのが、ドラムの正樹。
大学理学部1年生で、軽口ばかり叩くくせに、スタジオでは一番空気を読む。
そして最後のひとり。
メンバー最年長にして、私たちをまとめるリーダー。
「ねぇ、日向も個人Instagram開設しようよ。
医学生バンドマンの日常、みんなきっと興味ある」
私がそう言うと、彼は少しだけ困ったように笑った。
「――やだよ。私生活切り売りしてまで宣伝したくないって」
キーボードの御崎 日向。
20歳。国立大学医学部の2年生。
頭も良くて、責任感が強くて、
……そして、どこか少しだけ遠い人。

