音に溺れる




『Sound Jam』は順調だ。

動員数は右肩上がりで、こうして休日の野外音楽イベントに呼ばれるくらいには、界隈で名前が知られ始めている。

理由は明確だ。

――シキという、天性のボーカリストがいるから。
それから――その声の魅力を100%、残酷なまでに引き出せるコンポーザーがいるからだ。

「こんにちは!Sound Jam』です!」

初夏の風が吹き抜ける、昼下がりの野外ステージ。
マイクスタンドを両手で握りしめ、シキが少しだけ上ずった声で挨拶をした。野外特有の、空に吸い込まれていくような拍手と歓声が上がる。

シキが小さく息を吸い込むのに合わせて、日向の静かなカウントが入り、一曲目のイントロが弾けた。

腹に響く自分のベースラインを弾きながら、俺はふと、後ろで冷たい顔をしてキーボードを弾く日向に視線をやった。

初めて御崎日向という男に会った時の衝撃は、今でも忘れられない。

まだ『sound jam』が、シキと俺とマサキの3人だけで、泥臭いスリーピースバンドをやっていた頃。

慣れない音楽理論と睨めっこしながら俺が必死に作り上げていた数曲のつたないオリジナル曲を、彼は初見で、その場で複雑なキーボードのアレンジを加えながら完璧に弾ききってみせたのだ。

『……コード進行シンプルだし、合わせやすい曲だったから』

そう言って彼が鍵盤に指を落とした瞬間、俺の作った青臭い曲は、息を呑むほど洗練された名曲に生まれ変わっていた。

天才って、こういうやつのことを言うんだ。
悔しさすら湧かないほどの圧倒的な才能の差を、俺はあの日、思い知らされた。

でも。

(――やっぱり、俺はシキのことも、同じくらい天才だと思う)

俺は視線を前に戻す。
太陽の光を浴びて、楽しそうにステップを踏みながら歌うシキの小さな背中。

彼女には、日向みたいな全てを理詰めで語れる頭の良さはない。あいつの作る難解な曲にいつも振り回されて、スタジオでは泣きそうになりながら制作ノートを真っ赤にされている。

けれど、ひとたびステージに立てば、彼女の歌声はどこまでも伸びやかで、自由で、不器用な感情の塊となって客席の奥まで真っ直ぐに飛んでいく。

日向が作った氷のように完璧な檻を、内側から熱で溶かしていくようなその声は、何度聴いても鳥肌が立つ。ずっと、聴いていたくなる。

「……ほんと、敵わねぇな」

天才と、天才。

その二人が生み出す途方もない引力に、俺も、客席のやつらも、そしてきっと日向自身でさえも、どうしようもなく惹きつけられている。

俺はベースのネックを強く握り直し、彼女の歌声が一番輝くための土台を、誰よりも太く、力強く鳴らした。