音に溺れる





駅前の古びたラーメン屋。

油で少しベタつく赤いテーブルに案内され、それぞれの前に水の入ったグラスが置き直された頃だった。

「にしても、あいつほんっとにいい曲書くよな。細かいチューニングとか、バンド全体のバランス取るのも異常に得意だし」

マサキがおしぼりで手を拭きながら、ふと思い出したように口を開いた。

「……まあな。腹立つけど、あいつの耳とセンスは本物だよ」

サトルが割り箸をパチンと割りながら、悔しそうに、けれど音楽に対するリスペクトだけは誤魔化すことなく認める。

「こないだ、バンドのInstagramのフォロワー500人超えたって日向が言ってたろ? 俺ら三人だけでやってた頃は、全然想像もつかない数字だよな……」

マサキの言う通りだった。
日向がリーダーとして加入してからの「sound jam」の進化は凄まじかった。曲のクオリティも、SNSを使った見せ方やライブハウスへの売り込みも、すべてが洗練されていったのだ。

「もともと、日向ってシキの友達の友達とかなんだっけ?」

マサキの問いに、私はコップの水を一口飲んでから首を振った。

「正しく言うと、友達のお兄ちゃんの友達」

「へぇ……。本当に、すげー偶然で知り合ったんだな」

「うん。ほんとに偶然」

あの日、その『友達の兄』である狩野朔弥(かのうさくや)さんに、『紹介したい奴がいる』とライブイベントで声を掛けられたことを思い出す。

「……紹介させてって言われて、はじめはナンパとかかなって、少し舞い上がったんだけどなぁ」

「は?」

隣でラーメンを啜ろうとしていたサトルの動きが、ピタリと止まる。

私は気にも留めず、グラスの水滴を指でなぞりながら自嘲気味に笑った。

「だって、めちゃくちゃ好みの顔だったし。でも、詳しく話聞いたら、私の『声』以外には1ミリも興味なさそうな、ただの音楽サイボーグだったっていうオチ」

冗談めかして言ったつもりだったけれど、サトルの顔は露骨に不機嫌そうに歪んだ。

「……お前さぁ」
「え、なに?」
「いや、なんでもねえ。ほら、冷める前に食えよ」

ドンッ、と少し乱暴な手つきで胡椒の瓶を私の前に置くサトルと、そのやり取りを呆れたように、けれどどこか面白がるように見ているマサキ。

「いっただっきまーす」と無理に明るい声を出して麺を啜りながら、私は先ほど言葉に出した『ナンパかなって舞い上がった』という当時の自分の浅はかさを思い出して、少しだけ胸が痛んだ。