音に溺れる



スマートフォンの画面に表示された『投稿する』という青いボタン。 日向の長い指が、わずかな躊躇いもなくそれをタップした瞬間。私たち『SoundJam』の終わりの日は、誰にも覆せない公の世界の事実となった。

@SoundJam_Official 2014/9/10 22:14
【いつも応援してくださっている皆様へ】
来年3/21に予定しております渋谷CLUB QUATTROでのライブをもちまして、私達SoundJamはロックバンドとしての音楽活動を終了し、解散することを公表いたします。 詳細は添付のURLをご確認ください。

夜の静寂を切り裂くように、私のスマートフォンにも通知が次々と押し寄せてくる。

タイムラインは一瞬にして、ファンたちの悲鳴と戸惑いの声で埋め尽くされた。その凄まじい反応の波は、日向がこれまで緻密に構築してきた私たちの音楽が、どれほど多くの人に届いていたかを残酷なまでに証明していた。

私は震える指で、公式アカウントの投稿に添付されたURLを開く。 そこには、メンバーそれぞれからの短いコメントが掲載されていた。一番上に表示されているのは、バンドの心臓である彼の言葉。

ーー『SoundJamでキーボード及びメインコンポーザーを務めておりました、御崎日向です。

来年3月21日の公演をもちまして、SoundJamの活動を終了する運びとなりました。 理由としては、私自身が本業の医学生としての学業へ専念するためです。

結成からたった3年と、振り返ってみれば短い間でしたが。ボーカル シキの声の魅力に惚れ込み、拡散したがった自分としては、これ以上ない結果を出し続けてこられたと思っています。

”SoundJamの御崎日向”としていられる時間はあと僅かですが、曲作りに議論を重ねた日々、ステージで夢中になって音を紡いだ時間と、すべてが届いたと感じた瞬間の高揚感を、今後忘れることは出来ないと思います。


本当にほんとうに、ありがとうございました。 最後まで引き続き、よろしくお願いいたします』




「……ずるいよ、日向」



暗い自室のベッドの上で。 その整然とした文章を読み終えた私は、たまらずスマートフォンを胸に抱きしめ、ぽつりと呟いた。

『医学生としての学業へ専念するため』 誰がどう見ても納得するしかない、彼らしい、完璧で理路整然とした大義名分。

でも、その後に続く言葉はどうだ。 『ボーカルシキの声の魅力に惚れ込み、拡散したがった自分としては』ーーなんて。

いつもは私の感情をノイズだと言って、綺麗なシステムの中に閉じ込めようとしていたくせに。

最後の最後、こんな公の場所で、数万人の目に触れる文章の中で。彼は私の声に「惚れ込んでいた」と、それが自分の原動力だったのだと、初めて剥き出しの言葉で認めたのだ。


(全部が届いたと感じた瞬間の高揚感を、今後忘れることは出来ない)


私も、そうだ。
全く同じ気持ちだった。

彼が私のために作ってくれた、完璧な曲を。
私が彼に向けて書き殴った、痛くて醜い執着の詩を。
声が枯れるほどに全力で、無我夢中でマイクに向かって叫んで。
この剥き出しの感情が、もし誰にも届かなかったらどうしようと、ステージに立つ直前まで震えるほどに恐れて。

けれど。

ようやく、最後『届いた』と感じた瞬間のーーフロア全体を地鳴りのように包み込む、すさまじい熱狂。

私たちの音に涙を流し、拳を突き上げ、そして最後には、誰もが満ち足りた笑顔で帰っていくお客さんたち。

……絶対に絶対に、忘れることなんてできない。

いつか感じた、ただひたすらに音の海に溺れるような感覚。

背中越しにずっと感じていた、日向の確かな体温と息遣いも。

私の人生を永遠に変えてしまった、彼との残酷で美しい音楽のすべてを。