音に溺れる





スタジオの扉を元気よく開け放ち、私は機材のセッティングをしている彼の背中へと声をかけた。

「日向、お疲れ様ー!」

「……おう。遅刻ギリギリだぞ」

「セーフセーフ! あのさー、考えたんだけどやっぱり再来週のライブ、アンコールは違う曲にしたいなーって思って」

呆れたように振り返る日向に構わず、私は持っていたスマホの画面を彼の目の前に突き出した。

「ねぇっ、あとねあとね! 先週から始めるって宣言してたYouTubeのソロ活動! 試しに一曲上げてみたら、早速登録者100人超えたんだよ! アナリティクスの画面で再生数とかユーザーの反応、嬉しくてずっと追っかけちゃった!」

私の報告に、日向は特に驚いた様子も見せず、いつも通りのひどく平坦な声で返してきた。

「はいはい、良かったなー。……一番サビの最後、盛大に音外してたくせにな」

「えっ」

私は突き出していたスマホを引っ込め、信じられないものを見る目で彼を見つめ返した。

「み、見てたの!?」

「流れてきたから再生しただけだ。ピッチくらいちゃんと合わせろ」

「う、うるさいなぁ! あれは一発録りのライブ感を大事にしたっていうか……って、流れてきたって何!? チャンネル登録してくれてるの!?」

「してない。……ほら、さっさと準備しろ」

日向はそれ以上私と目を合わせようとせず、そっぽを向いてアンプのつまみをいじり始めてしまった。

少しだけ赤くなったように見えるその耳元を見て、私は心の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、自分のギターケースを開けた。


ーー季節は、変わっていく。

こうして他愛もない会話をして、一緒にいられる時間も。あらかじめ決められたタイムリミットに向けて、少しずつ、確実に減っていく。

(バンドを辞めた後、どうしたいか)

まだ、はっきりとは決めていない。

日向が去ってしまった後の世界で、私がどうやって息をしていくのか、想像すらできないのが本音だ。

それでも。彼に頼りきりだった『ただの女の子』のままじゃ、いつか本当に終わりの日が来た時、彼が残してくれたこの音楽ごと、全部ダメにしてしまう気がしたから。

自分一人でも。
できることを、一つ一つ着実に積み重ねていくしかない。
私はギターのチューニングを合わせながら、彼に気づかれないように、小さく、けれど強く息を吸い込んだ。